
世界日報(1982年5月24日)
昨今の「核」を巡る世論は、目を見張るほど高揚を示している。世界で唯一の被爆国であるわが国では特にそうであるのは当然の現象かもしれない。第二回国連軍縮特別総会で、わが国からの代表者が大いに活躍されることを期待するものである。堅固な世界平和が達成され、核兵器が無用の長物となる日が一日も早く来る日を願わずにはいられないからだ。
しかし、この核兵器反対世論の中に、世界平和確立の議論が欠落している節が見受けられる。本紙5月10日号の「私の主張」欄に、今村良幸氏が「平和共存の定着なければ、軍縮の実現は不可能」と指摘されているが、諸手を揚げて同意する。ところが一方、核兵器を使わない戦争を美化する意見や、核兵器の材料となるプルトニウムを生み出すことから原子力平和利用までやめてしまえ、とする意見が聞かれるのは遺憾である。
戦争体験もなく、またその分野の専門家でもないものが、戦争について論述することにはいささかのためらいを覚えるが、戦争の原因を考えてみると、民族紛争、イデオロギーのギャップから、あるいは経済摩擦などが挙げられよう。国際社会に置かれたわが国の位置からして、前二者の原因をさけることは割合容易であろうが、経済摩擦によって戦争を引き起す可能性は、かつての戦争でもあったように、今後もあり得る要因は、残念ながら残っている。平和憲法を保有しているし、日本人は世界一戦争嫌いだ、というギャラップ調査の結果が提示されてみても、努力なくして世界平和は達成されない、と常に銘記しておくべきであろう。
そこで、世界平和確立にわが国が貢献すべき道は、経済協力以外にないと思われる。まず国内経済の安定成長であり、そして国際経済協力である。その重要なわが国の経済の基盤を支えているエネルギー供給が、不安定で高価な輸入石油に、いまだに7割近くも依存している現状を直視して、何とかせねばならないと痛感する。
先月、総合エネルギー調査会需給部会から、「長期エネルギー需給見通し」が発表された。それによると、55年度の実績でわが国の一次エネルギーの中で原子力の占める割合は5%になっている。また、同年の電源構成で見ると、原子力は16%であった。
「電力でも高々16%ではないか」という発言も聞かれるが、よく考えてみると、1週間の内、1日をまったく電気を使わずに生活ができるかどうかの数字である。テレビ、冷蔵庫はもちろんのこと 、通勤電車も止まってしまう。そんな生活を1日たりとも強いられて、なおかつ国際経済協力ができる余裕をもった経済成長が続けられるのか、はなはだ疑問とするところだ。できるという人は、大いにやってもらいたい。先の「長期需給見通し」によると、65年度の省エネルギー率は15.5%で、その年の原子力の目標構成比は11.3%になっており、省エネが原子力を上まわっている。ということは、原子力をやめなくても、原子力分以上を省エネで努力しなければならないということだ。
先日の新聞で、消費者グループからも、反核の声明が国連に送付されたと報じられていた。その中に、平和利用の原子力開発もやめよ、という要望が入っていたそうだ。消費者団体といえばわれわれ庶民を守ってくれるものと受けとっていたのだが、安くて安定したエネルギー供給を止めよとは、われわれ庶民の素朴な生活権まで侵害することにもなりかねないではないか。
わが国のぜい弱なエネルギー供給の問題を解決するには、国家的見地から長期的将来展望に立って対処せねばならないものであるが、最近の世論の風潮はどうも楽観ムードが漂っているように感じられる。「過去2回の石油ショックでもわが国はどうにか事なきをえたではないか」「わが国の役所や企業はしっかりしているから、なんとかしてくれるだろう」といった発言に代表されている。
また、エネルギー開発を推進している側にも、政治的イデオロギーやエゴを排除して、国民が一丸となってエネルギー問題を解決していこうという気概が不足しているように思えてならない。
例えば原子力発電所の建設を進める場合、地元の人たちに頼んで引き受けてもらう、という意識が前面に出すぎているように感じられる。これでは「厄介者の押し付け」的感情に走るのもいたしかたがない。
安価で安全でしかも安定したエネルギーを、一様の国民は望んでいる。原子力開発がこの素朴な希望をかなえてくれる一手段とするならば、原子力は人類と、地域開発と、そして国家経済の発展とに共存共栄していくものだろう。
私自身、何がなんでも原子力開発を進めていかなければならないとまでは思わない。放射性廃棄物の問題、核兵器への転用の問題など、大きな課題を抱えている。しかし、こういった問題も含め、エネルギー問題は国民一人ひとりの問題として、みんなの英知を結集して解決策を見つけなければならないと考える。青い鳥は、エネルギー専門家だけで探すのではなく、みんなが共存共栄の心で探せば、案外身近な所で見つかるかも知れない。 (エネルギー問題研究家)