○--もはや政治論争--○

 カーターが大統領就任早々に打ち出した核拡散防止政策以後、アメリカの原子力論争は極めて政治的様相を強めてきた。それが今回のTMI事故を契機に、火に油が注がれたごとく、ポリティサイゼーションの様相に一変してしまった感がする。原子力論争は、科学または技術の域から脱してしまったかに思える。

 このようにTMI事故で拍車がかかったアメリカの原子力論争は、来年の大統領選挙に向けてますます盛り上がろうとしている。

 たとえば、民主党内の指名立候補が予想されるカリフォルニア現知事、ジュリー・ブラウン、テッド・ケネディー上院議員の両者は、すでに声を大にして反原子力を唱えている。原子力支持の政策を一応とっている現大統領、カーターも、民主党内で他の指名候捕者との政争が、自己の選挙戦に不利と考えたならば、原子力に批判的な政策を出さざるを得ないとみられている。

 一方の共和党は、全党が一様にまとまり、原子力開発推進の政策をとっている。しかしその共和党から指名立候補が予想される前カリフォルニア州知事のリーガンも、前財務長官のコナリーも、今一つ国民の人気の上で伸び悩んでいる。

 ブラウン知事は最も強く原子力に反対しているが、必ずしも有力な大統領候補とみられていない。カーターとリーガン(またはコナリー)の一騎討ちになれば、原子力はあまり大きな論争点にはならないと予想される。しかし、ケネディーとリーガンの争いになれば、原子力が最大のイシューになることは避けられないであろう。したがって、そのいずれかを大統領に選ぶかによって、アメリカ国民が同時に原子力を石油に代わる有力なエネルギー源として選択するか否か、その賛否を決する国民投票になろう。

 いずれにせよ、今後、大統領選挙関係で、原子力は安全性など技術的な事実に基づく論争よりも、政治的な原子力論争に重点を移す危険性がある。そして、新しい大統領が選出される来年の終わりまでこの原子力をとりまく政治論争は大きく揺れ動くものと考えられる。

○--混迷の原子力産業--○

 現在運転認可(OP)を保有している72基のプラントの内、十数基が燃料取り換え以外の何らかの理由で運転を停止している。また、建設工事が完了もしくは間近で、運転認可を受けられる段階にありながら、NRC審査をペンディングされているものが7基程あるといわれている。これら予定された原子力発電所が発電しないことにより、それを補充すべき火力発電所の消費石油量で換算するとこの停止は1日当たり20万から25万バレルにも相当する。

 プラントの新期受注状況は全く惨たんたるものといわざるをえない。(昨年1978年3月から1979年2月)のデータを見ると、新期オーダーはコモンウェルズ・エジソン社が発注した2基だけで、キャンセルされたのが19基にも達している。海外においても、アメリカの原子炉メーカーが受注したのはわずかに韓国からの2基にすぎない。

 このように、アメリカにおける原子力発電プラント建設計画は、1973年のオイル・ショック以後、縮小の傾向にあったものの、今回のTMI事故によりますますこの傾向が強まったと思われる。

 原子力産業界としてこの危機を脱するための打つべき術をなくしてしまった感がしないでもない。

 TMIの主契約社であるB&W社は今年の1月、石油関係のエンジニアリング会社として知られているJ・レイ・マクダーモット社に身売りしている。その際、420人いたB&W社のエグゼクティブ・スタッフの内、約300人が退社したといわれている。今回の事故もあって、B&W社は原子力から手を引くのではないか、とみている関係者もいる。

 B&W社に限らず、GE社も、かつてコンピューター部門を切ったように、原子力も大々的に縮小するのではないか、という流言を聞いて久しい。事実、私が2年前までGE社に在職していた当時の技術者で、GEを離れていった者が少なからずいることを今回のアメリカ訪問で知り、その変化の激しさを痛感したのであった。

 アメリカの原子炉メーカーは、原子力ビジネスから完全に手を引くとまではいかないまでも、かつてのように、次々に設計変更をした改良型プラントの売り込みを行うのではなく、プラントの補修、技術サービス、オペレーターの養成といったコンサルタント的業務に、わずかながらも活路を見いだしてくるものと思われる。

 原子力論争が極度に政治化され、まだ社会においては映画「チャイナ・シンドローム」が持てはやされる世の中である。

 原子力関係者にとってこの試練は、ますますその過酷さを増すであろうが、行政府−−電力−−メーカー、管理職−−技術者、といった関係者間の緊密な協力と、原子力発電所−−地域社会の共存共栄策を基盤に、安価で安定したエネルギー確保に、よりいっそうの努力をせねばならないと考える。

 ガソリン不足で長蛇の車の列を横目に、複椎な気持ちを錯綜させながら、うだるような暑さのワシントンをあとにしたのであった。