
私は、2月2日から3日間、ワシントンで開かれた原子力発電を支持する市民グループの全米大会に参加する機会をえた。
米国では、エネルギー問題を正しく理解し、エネルギー開発推進を積極的に支持しようとする一般市民のグループが、過去2年間に百以上も誕生したといわれている。今回の大会は、それまで独立に活動を行ってきたそれらのグループが、一堂に会し共通して興味のある情報や体験を交換しあおうとするものであった。
一般に、エネルギー開発を推進し、あるいは原発に賛成する者は「体制派もしくは体制にくみした電力会社や企業の人」、つまり一般国民とかけはなれた人のようにとらえられがちである。この傾向は、わが国をはじめ、世界各国の大半にみられるものである。
米国も、2年前までは例外ではなかった。カーター政権が、原子力開発を核拡散に対する危倶(きぐ)から推進速度を遅らせる政策をとりだし、また国家経済の低迷ともあいまって原発建設計画が大幅に遅れをみせはじめるにいたった。
しかし、その中で、一般市民の間に「自分たちの生活権防衛のため、安いエネルギーの供給を十分にうける必要がある」という認識が高まった。彼らは、そのためには適切なエネルギー開発を支持しなければならないと立ち上がり、各地でグループを結成したのである。
この市民グループの大半は、当初から原発を支持する目的で結成されたのではなかった。エネルギー開発や原子力開発における賛否両論について専門家の説明に耳をかたむけ、自分たちで学習して、どちらが正しいかを冷静に考えてみようとするものであった。
こんどの大会には、全米各地から、週末をついやして約7百人が集まった。私は、外国招待客の一人として講演する機会を与えられ、「エネルギー問題は、世界各国共通の問題としてとらえ、共同で解決の方向に努力せねばならない」「残された地球上の資源はすべての人類が公平に分けあわねばならない」と述べ、さかんな拍手をうけた。
参加した市民は、金曜日の授業が終わり、夜行のバスでボストンからかけつけた女子学生、カリフォルニアからやってきた主婦、ニューハンプシャーで農業をいとなむ青年、海軍の町・サンジエゴの退役将校など、すべて自分で旅費と参加費25ドルを出してやって来た人びとであった。
「アメリカ人はやはり金持ちだ」といってしまえばそれまでだが、彼らは自分たちの生活を守り、子孫の繁栄のため、衣食住と同等にエネルギーの重要性を痛感し、適切なエネルギー開発を支持して安価で十分なエネルギーの供給を要求するのは当然の権利であると主張して、自主的に参加した人びとである。
米下院核エネルギー小委員会の議長マコーマック氏は、私に「この夏ごろからエネルギー危機の兆候が見えだすだろう」と言明しておられた。
政情がゆれ動くイランの石油の減産は決定的である。わが国は輸入石油の17%をイランから買っていたのである。日本がこのあおりをくうのは、だれの目にも明らかであろう。
私は主張したい。以前の石油ショックのときのような、物質買いあせりの無謀な行為は二度とやめようではないか。
われわれは、エネルギー問題に大きく目をひらき、行政当局がわが国に適したエネルギーの開発推進に怠慢ならば、国民の当然の義務としてしった激励しようではないか。
原発の安全性に関しても、技術者や科学者といった専門家の説明に耳をかたむけ、無知のまま恐怖におののくことのないよう積極的に知識を習得しようではないか。
原子炉メーカーや電力会社は、こういう前向きな国民の要求に対し、よろこんで専門家を派遣し、説明させ、また解説書やスライドなどを提供すべきであろう。
私も、原子力技術者の一人として、エネルギー問題の重要性と、わが国に適した原子力発電所建設の必要性を人びとに訴えたい。