■このG情報に異議あり■


日本経済新聞(2011年10月30日)


[日曜に考える]


<中外時評>=================論説副委員長 大島 三緒


   これでは「英雄たち」が泣く


            弱いエリート生む教育の非


(その3)G研のコメント


 「ならば世のもっと隅々から面白い人材をすくい上げられればいいが、多様 な人間を多面的にみる評価システムづくりを怠ってきたのが戦後教育であり、 社会だ。学校体系をみても戦前のほうが複線型で柔軟だった」

 そのとおりだが、戦前の我が国の教育を懐かしんでいても致し方なかろう。だ からといって今の学校教育にリーダー育成を期待しても無理がある。

 一人の子供を適切に教育するには、学校と家庭、それに地域の三位一体が不可 分で強力な協力体制が重要だが、今やこれら「三位」とも子供の教育に最適な状 況とは到底いえない。となると国の政策として大改革を断行するほかないではな いか。

 「危機に直面すると、社会はいつも教育改革に救いを求める。震災後はなお さらだ。『現場』と『幹部』の落差を思えば、教育の中身も評価の仕組みも、 変えるべきことが山ほどある」

 「教育改革」も「手直し」程度ではなく「大改革」を今こそ断行しなければな らない。しかし、教育改革で効果が現れるのは「三世代」待たなければならない といわれているから、目先の政局に汲々している政治家に教育の大改革などでき るとは思えない。思えないが、その骨格くらいは提案しておこう。

 @義務教育を3年間の幼稚園と6年間の小学校にする。家庭教育に期待できな いとなると、3歳からの幼稚園で徹底した情操教育と道徳教育に限定してたたき 込む。小学校は今までのような平均教育ではなく、個性を伸ばす教育に重点をお く。この12年間の義務教育の間、給食費、修学旅行費、教材、制服代なども含 めた親が払っていた費用は完全に無償とする。

 A現在の中学校は義務教育から外し、高等学校とを一緒にした6年間の中高一 貫教育となる新しい「中等学校」を発足させる。中等学校最初の2年間は基礎科 目を徹底して教え、次の4年間の専門科目へと進級させる。現在の高校の普通科、 商業科、工業科、農学科、美術科などに加え、スポーツ科、演劇科などより専門 分野を幅広く取り入れる。成績優秀な生徒には4年間を通して在籍する必要はな い。例えば、プロゴルファーや劇団に採用されれば、その場で即卒業となる。逆 に成績が伸びない生徒には、最長8年間まで在籍が許される。

 この新しい中等学校は義務教育でないから授業料の支払いが生じるが、成績優 秀な生徒には、親の資力に関係なく返金無用の奨学金が支給される。また、中等 学校の生徒には全員寮生活が望ましいだろう。これらの費用に関しては応分の補 助が必要だろう。

 この教育大改革には、一つ大きな問題がある。新しい教育に相応しい教員の問 題だ。義務教育になった幼稚園で情操教育と道徳教育が教えられる教員が十分い るかだが、これには会社などを定年退職した年輩者を採用するという方法もある。

 この新幼稚園をはじめ、小学校や中等学校の教員には、単に大学の新卒者の採 用に限らず、年輩の経験者の採用も大いに考えなければならないだろう。

 「しかし、子どもの尻をたたいてひたすら点取り競争をさせる教育は、なん といっても高度成長期のモデルだ。われらが戸惑えるエリートたちを生み出 した教育である。さまざまな弊害を知った日本は、なにもこういう方向へ舞 い戻ることはない」

 「点取り競争をさせる教育」に舞い戻るなどとは誰もいっていない。それなら どのような教育が今後必要か、日経新聞は日経なりに具体的な提案をしなければ ならない。それがないところに我々は「異議あり」としているのである。

 「別の価値観を探そう。たとえば『考える力』を養うこと、心を耕すこと、 手間ひまかけて子どもを見ること−−。きれいごとと言うなかれ。『英雄た ち』のいる日本だ。きっとできる」

 これが最後のパラグラフでは、あまりにも「尻すぼみ」に思えてくる。ここで いう「英雄たち」は、現場で与えられた仕事を黙々とこなす労働者であってリー ダーではない。たまたま海外から崇められた「英雄たち」で、その中にリーダー の素質のある人が何人かいるとは限らない。英雄という称号は、組織につけられ るものではなく、組織のリーダーに付けられるものだと思われる。

 つまり、優秀な社員は大勢いるが、その会社のリーダーに相応しい社長はなか なか出てこないといわれている会社は幾つもあるのではないだろうか。前社長に たまたま認められて新社長になった人物に対し、平社員だった頃は優秀だったが、 社長には相応しくないと評価されるケースが多い日本だから、我々は将来を憂え ているのではないか。

 「『英雄たち』のいる日本だ。きっとできる」などと軽々にいうべきでない。 これこそ「きれいごとと言うなかれ」だ。

                「G研」代表


(次ページに続く)