「朝日新聞」(2001年5月28日)

      「民意」知り国は対話を

<その2>

 柏崎刈羽原発をはじめ、プルサーマル計画が予定されている3カ所の原
発は実施の見通しが立っていない。福島県では、知事が1年間の実施凍結
を打ち出し、新潟県も「福島より先に実施しない」という方針だ。受け入
れる原発がなければ循環が途切れ、核燃料サイクル構想は破たんする。 
 まあ、そう急ぐことはない。各発電所の貯蔵プールが満杯に近いなら、中間貯蔵施設をつくろうではないか。六ヶ所村の再処理工場の工事が遅れるなら、その貯蔵施設の容量を増やそうではないか。

 また、地元の理解が遅れているなら、じっくり対話を続けようではないか。

 そんなに急がなくても、地球のウラン資源が枯渇するのはまだまだ先のようだ。有り難いことに、こんなに地球温暖化が叫ばれているのに、CO2を出さないことがはっきりしている原子力なのに、積極的に開発しようとする国が減少しているため、ウラン資源は少々だぶついているようだ。

 これぞまさしく日本には有利ではないか。プルトニウムの軽水炉使用など、あまり急ぐことはない。ボチボチやろうではありませんか。

 破たんした場合に備え、研究者らは再処理以外の選択肢の必要性を指摘
する。(1)再処理せずに廃棄(2)中間貯蔵施設に分けてためて、処理
方法は数十年かけて判断する−−などの案を示している。福島県では、知
事が廃棄も含めた再検討を国に求めている。             
 上で説明したように、プルサーマルなど少しも急ぐことはない。よって、再処理以外の選択肢など、まったく考えるには及ばない。

 現在のプルサーマル計画は再処理費用がかさみ、経済的にも見合ってい
ないとされる。住民投票を機に、国は複数の道筋を示し、安全性や経済性
の検討を急ぐべきだ。                       
 多少経済的に見合っていなくても、将来に向かって着実な布石は必要である。

 電力事業の完全自由化をすすめ、事業者の目先の利益のみを認め、業者間の自由競争で、電力料金の低廉化を本気になって望むなら、再度、プルサーマル計画も含めた、原子力政策を見直す必要はある。

 その際、カリフォルニア州の供給不足による計画停電も覚悟しなければならなくなる日が日本にも必ず来ると断言しておこう。

 ただ、すでに回収したプルトニウムを消費するには、プルサーマルを現
実的な選択肢として残さざるを得ない。               
 さて、「すでに回収したプルトニウムを消費する」ことは、どうやら朝日新聞も賛成のようだ。で、その方法を、朝日は、プルサーマルを「現実的」に選択するようだが、はたして何処の原子力発電所が受け入れてくれるか?

 その際、その地元で住民投票が実施され、反対が過半数を超えた場合、朝日は地元を率先して説得してくれるのか、はたまた「やはり地元住民の意思を尊重しなければ」という論調を繰り返すのか、興味があるところだ。

 刈羽村は計画受け入れを事前了解していたにもかかわらず、住民投票で
「反対」が多数を占めた。国や電力業界が今後もプルサーマルの必要性を
訴えるのならば、住民投票で示された住民との隔たりを重く認識する必要
がある。                             
 「反対」が「多数を占めた」のではなく、「過半数を3.4ポイント越えた」のである。まあ、この議論は横に置いておこう。

 「住民との隔たりを重く認識する必要がある」らしいが、具体的に「プルサーマルを断念せよ」ということなら、残念ながら暴言のなにものでもない。

 「国策」を優先させて政策を進めるのではなく、この住民投票を、「民
意」をもっと受け止める契機にしていくべきだろう。         
 エネルギーや環境問題などは、安全保障などと同様、一にも二にも「国策」で進めなければ、道を誤ることになる。そのような政策にも「民意」を重視したら国はどうなるか、評論家の西部邁先生にでも教えを乞うてみることをお薦めする。

        「G研」代表