だからといって核廃絶運動が無意味とは決して思わない。思わないが、我々の
最終目的は、核兵器廃絶なのか、それとも恒久平和実現なのかと自問自答してみ
れば、答はもちろん後者であることに疑う余地はなかろう。
東西冷戦時代も終わり、侵略戦争を仕掛ける国もほとんどなくなった今なを世 界でくすぶっている紛争やテロが存在する原因は、宗教や民族紛争といった類の ものであり、権力闘争に隠れた民主化の遅れなどからくる貧困ではないだろうか。 こういった諸々の原因を取り除かない限り真の平和はやってこないだろうし、隠 れて核兵器を持ちたがる国やテロリスト集団はなくならないだろう。
こういった我々の考えを、もう少し掘り下げるため、8月6日付け朝日新聞の 社説を参照しながら考えを開示していきたい。
「グローバル化した世界は、相互依存を強めている。世界のどの経済都市で 核爆発が起きても、多くの犠牲者が出るだけでなく、世界の経済システムも 破局のふちに追いやられる。核戦争でも核テロでも結果は同じことだ」
核兵器がひとたび使われると、その破壊力の莫大さは、広島、長崎で実証済み である。いくら民主化が遅れた国やテロリスト集団のリーダーでも、広島、長崎 の悲劇を知らない者はいないだろうから、そう安易に核兵器を使うとは思えない。 むしろそのリーダーたちも核兵器の保持は安価な自衛手段と考えているに違いな い。
また、最近の通常兵器でも、その威力はすさましく、どの経済都市が、核兵器 など使わない通常兵器による戦争に一旦巻き込まれでもすれば、世界の経済シス テムを破局のふちに追いやることなどそれほど難しいことではなさそうである。
核戦争であろうと、通常兵器戦争であろうとも、戦争による悲劇に格差などあ ろうはずがない。そして両者による破壊力には相当接近しているといえよう。従 って憎むべきは如何なる戦争という手段であって、その如何なる戦争をも撲滅せ ねばならないはずである。
「核抑止を続けた方が世界は安定するとの考えが核兵器国や同盟国で根強い。 だが、核抑止の魔力にひかれて、核拡散が進む恐れがある。テロ集団の手に 核が渡る危険もある。それが現実になった時のリスクは計り知れない」
核抑止の魔力に惹かれなくても、地球上に紛争の種が少しでも残っている限り、 核拡散は自然の成り行きで進んでいくだろう。この流れを止めることは、世界の 警察を自負するアメリカの大統領といえども、最早できないだろう。止められる のは唯一、紛争の種を取り除くことである。
紛争の種、それは貧困であり宗教・民族のいがみ合いであり、民主化を無視し た権力闘争であると考える。
「大統領の音頭とりで、9月24日には核問題に関する国連安全保障理事会 の首脳級会合を開くことも決まった」
我々人類は、現代史の中で世界大戦という悲劇を経験した。その焼け野原から 創設された国際連合という国際組織が発揮するであろう能力に大きな期待を持ち 続けた。そして、その中で、核兵器を保有する五大国が中心となって安全保障理 事会が設けられ、世界の平和を監視する役割を担ってきた。
しかし、そのほとんどの無能さにいまや我々は大いに落胆している。例えば、 ミャンマーの民主化運動家でノーベル平和賞受賞者であるアウン・サン・スー・ チーさん一人を救助することもできないではないか。
「『非核の傘』を広げる方法は、いくつもある。第一は、国連安保理で、N PTに入っている非核国への核使用は認められないと明確に決議することだ。 潘基文・国連事務総長は、核保有国でもある国連安保理の常任理事国が非核 国に核攻撃しないと保証するのは可能だろうと指摘している。一刻も早く、 実現すべきである」
国連安保理の決議などによる効力はどれほどのものであろうか。北朝鮮の制裁 決議など北朝鮮にとっては痛くも痒くもないというではないか。常任理事国が非 核国に核攻撃しないと保証することは、核抑止力の効力を自ら弱めることであっ て、そのようなことなど常任理事国の核保有国ができるはずがないであろう。少 なくとも常任理事国の核兵器を保有する目的は、核抑止力による自国防衛である はずだ。