「朝日新聞」(2001年5月28日)

[社説]===刈羽村投票

       「反対多数」の重み

<その1>

 東京電力・柏崎刈羽原子力発電所のプルサーマル計画をめぐる新潟県刈
羽村の住民投票で、反対が多数を占めた。              
 プルサーマルは、原発の使用済み燃料から取り出したプルトニウムとウ
ランを混ぜた燃料(MOX燃料)を、普通の原発つまり軽水炉で燃やす計
画だ。                              
 ここまでの記述に間違いはないが、「反対が多数を占めた」という表現と、「反対が過半数を越えた」とは、読者に与える印象が違ってくる。正確には「反対が53.4%、賛成が42.5%であった」と表現すべきだろう。

 エネルギーなど国レベルの政策への賛否は住民投票になじまない、との
意見がある。原発は刈羽村と柏崎市にまたがっているので、刈羽村だけが
地元ともいえない。投票結果への評価はさまざまだろう。       
 だが、住民投票が代議制政治を補完する有効な手段であることに違いは
ない。結果にはやはり重みがある。村長や議会は住民の意思を尊重しなけ
ればなるまい。国や電力会社も正面から受け止めるべきだ。      
 「正面から受けとめる」必要はない。「心の片隅に留めておく」程度でないと、国レベルの政策が一地方の住民の考えに左右されかねない。それは重要な問題を提示することになる。

 刈羽村は早くから原発を受け入れてきた。プルサーマル計画についても、
99年に新潟県、柏崎市とともに受け入れを表明した。ところが、その後、
東海村のウラン加工施設で臨界事故が起きた。英国で製造された関西電力
用のMOX燃料をめぐる検査データのねつ造事件も発覚した。     
 刈羽村の生涯学習センター「ラピカ」でのずさん工事など、原発関係の
交付金の不透明さを示す事件もあった。               
 電源三法交付金で、村は立派な生涯学習センターを建設したが、そのかかった費用に比べ、建物の材料は安物が使われている、といった意見が出され、その差額の金は何処へいった、ともめたことがあったそうである。

 疑惑の金の流れは、徹底的に調査すればいいことで、その腹いせに、一旦事前了解したものを住民投票で撤回させようという行為は許されるものではない。その上、新聞が、そのいわば地域エゴを正当化する論調は「異議あり」だ。

 東海村のウラン加工工場の臨界事故にしても、イギリスのMOX燃料検査データねつ造事件にしても、直接、柏崎刈羽原発のプルサーマル計画の安全性とは関係しない。住民の方々に不安を募らせたことは確かだろうが、マスコミが社説でそれを強調し、「それも致し方ない」といった論調は、あまりにも非科学的な議論であるといわざるを得ない。

 こうした経緯から慎重論が増えてきた。政治的対立もからんで、投票条
例の扱いは二転三転したが、住民投票なしでは村にシコリが残るとして、
「村の民主主義を守るために」(品田宏夫村長)実施された。     
 住民投票が「村の民主主義を守るため」になったとは思わない。要は、「政治的対立も絡んで」、村長や村議会は重要案件を住民に放り投げた、ということなのだろう。

      <次につづく>