「朝日新聞」(2001年5月25日)

[社説]米エネ政策

        多消費型社会の転換を

<その3>

 カリフォルニア州の電力危機のショックがあったにせよ、そんなに需給
が増えたら大変だ。米国は世界一の二酸化炭素排出国でもあることを忘れ
てもらっては困る。                        
 実際の需要が予測に合わせて変動することはない。供給は人工的に変化させられるが、需要は、天候、景気など、そのほとんどが不可抗力で変動するものであるから、政策上の予測が多すぎることに目くじら立てることはない。むしろ、需要予測が少なすぎるのは問題になる可能性が高い。

 自国さえよければいいといった姿勢は、京都議定書からの離脱にも通じ
るものだ。それは、温暖化防止に取り組んでいる世界の努力も吹き飛ばし
てしまう。                            
 この「G情報に同感」でも紹介したが、5月19日付け朝日新聞に掲載された東京電力の桝本常務の「opinion」に少しも注目していない論旨である。もう一度じっくり目を通すことを勧める。

 米国は豊富な国内資源をもとにエネルギー多消費型社会をつくりあげた。
自動車メーカーはもうけの大きい大型車を売り込み、消費者もガソリンの
値段が安いから、購入をいとわない。                
 先にも書いたが、アメリカが単なるエネルギー多消費型社会だけなら、大いに責められようが、その豊富な国内資源をもとに経済大国に成長させ、その利潤を世界に分配させて世界経済の発展にも寄与してきたことは疑う余地はなかろう。

 「ガソリンの値段が安いから大型車を購入する」という時代は、先の2度までのオイルショックをアメリカ人も経験して終わっている。だからこそ、省エネの小型の日本車が良く売れたのではなかったのか。

 いま米国に求められるのは、野放図に伸びていくエネルギー需要を抑制
することだ。それは米国型の生活スタイルを変えていくことでもある。啓
発と税制などを通じた誘導策によって、エネルギーを節約する社会に向け
てハンドルを切ることこそ、未来を見据えた国家政策ではなかろうか。 
 省エネの奨励と自然エネへの転換を、カーター政権は大々的に打ち出した。丁度その時、スリー・マイル・アイランド原子力発電所の事故が起こったこともあり、原子力抑制策を採った。

 原子力発電所は建たなくなったが、風力発電や省エネ住宅はどんどん建っていった。それから約20年が経過した。この状態が進んでも少しも安くならない電力コストに業を煮やして電力事業の自由化に踏み切った。その挙げ句の果てがカリフォルニアの電力供給不足である。

 朝日新聞さんよ、あなたは、カーター政権が種を蒔き、カリフォルニアが育てた過ちを、今度は全米に広げ、日本にも飛び火させるおつもりですか?

 コストを下げるために電力事業の自由化を推奨したり、今度は逆に省エネのために税率などを上げてコストを上げろとおっしゃる。これでも矛盾を感じませんか?

 もちろん、このことは日本にもいえることである。需要の伸びに供給を
合わせる政策でなく、自動車やビル冷房など民生用のエネルギー使用を抑
制する需要管理型の政策に転じるべきだ。              
 「民生用のエネルギー使用を抑制する需要管理型の政策に転じるべき」とは、まさしく「統制経済」の推奨ではないか。そのような計画経済や窮屈な社会につながりかねない政策を、われわれは断じて進めてはならない。

 それより、朝日新聞社自らエネルギー消費抑制の具体的な実績を示すべきだろう。例えば、夏の電力消費カーブのピークを押し上げている一因だとされる「夏の高校野球」の開催を中止するなり、春か秋の日程をずらすということをしてはどうだろう。反対されるであろう関係者に「啓発」してみてはどうだろうと、われわれは常々考えている。

        「G研」代表