「朝日新聞」(2001年5月25日)

[社説]米エネ政策

        多消費型社会の転換を

<その2>

 その需要と供給のギャップを埋めるのが新政策の目的だというが、世界
一のエネルギー消費国である米国の政策の影響は、一国内にとどまらない。
その点から、今回の政策展開には疑問を禁じ得ない。         
 「世界一のエネルギー消費国」という表現は不適切である。人口が多い国は当然エネルギー消費量も多いし、経済活動が活発な国、すなわちGNP(またはGDP)が大きい国もまたエネルギー消費量が多いのは当然だ。

 総エネルギー消費量が多くても、効率よく使って経済効果を上げ、その利潤を世界経済に還元していれば、大いに結構なことである。ところが、エネルギー消費量はまったく少ないが、GDPも低いでは話しにならない。単なるエネルギー消費量が多い国は悪く、少ない国は良い、とは単純に言えないのである。

 そこで、エネルギー消費量の伸び率と経済成長率の比、これを「エネルギー弾性値」と呼んでいるが、この数値の比較でこそ、その国のエネルギー事情が評価できるのである。

 ちなみにこのエネルギー弾性値、日本の場合、1973年の第一次オイルショックの前は1を上回っていたが、その後は0.3まで下げていた。ところが最近の景気低迷で、1990年以降の弾性値は1を大きく上回っている。

 景気が低迷すると、エネルギー消費量は減少するが、景気の伸びはそれ以上に減少するため、エネルギー弾性値は跳ね上がるのである。すなわち、エネルギー消費量を極端に抑え、省エネを奨励すると、景気は落ち込み、エネルギー弾性値は逆に跳ね上がるという現象が見られるのだ。注意しなければならないところである。

 例えば、79年のスリーマイル島原発事故のあと発注がなかった原発の
旗を、突然振り始めたことだ。放射性廃棄物などさまざまな問題をもつ原
発は、これ以上増やさずに、天然ガスへの転換や自然エネルギーを増やす。
世界のそうした潮流を逆流させるような方針は好ましいとはいえない。 
 原発を増やさず、天然ガスや自然エネを増やしているのが「世界の潮流」ということらしいが、そのような「潮流」は「世界」規模の潮流ではなく、ごく一部の国、すなわち、充分に発電システムをすでに持っているか、近隣国から買ってこられる国、あるいは経済が低迷している国のいずれかである。

 CO2を放出する天然ガスへの転換は地球温暖化問題の解決にはなり得ない。また、発電コストの高い自然エネルギーに大きくシフトすると、国の経済に打撃を加えることになる。

 確かに原子力には放射性廃棄物という問題を抱えてはいるが、CO2等と比べ、処理しなければならない「量」が比較にならないほど小さく、むしろ扱いやすい廃棄物と、我々専門家は考えている。

 日本では経済産業省や電力業界に歓迎論があるが、「日本にも順風が」
と期待するのは早計だろう。                    
 環境もエネルギーもグローバル(全地球的)に捉えなければならないため、健全なエネルギー開発をしようとする国が出てくることを歓迎するのは当然だろう。それがわが国でも「順風」になるかどうかは、世論の理解度にかかっており、その世論は、好むと好まざるとに関わらずマスコミの正確かつ多角的な報道によるところ大である。

 ブッシュ政権の新政策で気がかりなのは、エネルギー使用の大幅増を見
込んでいることだ。新政策は今後20年間で石油需要が33%、天然ガス
が50%、電力が45%も上昇するので、1300基以上の発電所が必要、
といった数字をはじいている。                   
 エネルギー政策の中で、需要予測は大きく見るのが妥当であり、もし少なく見ていて供給への諸準備が間に合わなかったら、あのカリフォルニアの停電のような事態が起こる。だから、ブッシュ政権の新政策は正しいのであって、なんら気にすることはない。

     <次につづく>