<その2>
 
朝日新聞夕刊、2001年2月24日
 
 
>◆電力の「融通」を確保
 
> 同州で生じた危機の原因は、電力の小売価格に上限を設けたことに一番の
>問題があり、電力の小売価格が上昇していれば、電力需要は抑制でき、また、
>電力供給は急増したと考えられる。長期的に見ると、同州内では発電能力の
>増強計画が進んでおり、これらの電力増強プロジェクトは、同州の小売価格
>が今後上昇すると、さらに魅力的なプロジェクトとなっていく。したがって、
>長期的な電力供給に関しては、小売価格の上限設定など電力市場における価
>格メカニズムが機能するのを妨げない限り、カリフォルニアにおいても問題
>解決は可能と思われる。
 電気が贅沢品かそれに準じた商品なら、価格が高騰すれば買い控えるという消費者心理も働こうが、電気は生活必需品だから、いくら高くとも必要最小限は買わざるを得ない。また、市民生活の中で電力消費にそれほど無駄があるとも思えない。だから、「電力の小売価格が上昇していれば、電力需要は抑制でき」という論理は成り立たない。

 また、電力は、必需品で、しかもいくら高くしても売れるからといって、簡単にどんどん生産できるような商品ではない。それには高額な設備投資を何年も前に先行してつぎ込んで発電所などの施設を充実させていなければならないからだ。したがって、小売価格の抑制が撤廃されていたとしても、即、「電力供給は急増」することはあり得ない。

 電力は、経済活動の基幹産業であり、公益事業として供給責任を事業者に負わさない限り、単なる需要と供給の市場経済に任せておいては、安定した供給を望むべきもない。それには、販路や価格などを、供給責任の見返りとして補償しなければならない。「小売価格の上限設定など電力市場における価格メカニズムが機能するのを妨げない限り」という設定は極めて難しい。

> 同州で生じた電力危機から日本が学ぶべき点としては、急激に変化しつつ
>ある環境の下では、最初から百点満点の制度はありえず、環境の変化につれ
>て、制度を見直していく必要があるという点をまずあげたい。そのためには、
>制度見直しを、どのような手続きを経て、だれが実施するのか、実施主体を
>明確にする必要がある。とすれば、日本の現状において、政策立案を担当す
>る経済産業省と、独占禁止法の観点から電力産業を監視する公正取引委員会
>に加えて、日本においても今後自由化を進めていくに従って、第三の機関と
>して、日々の電力取引の公正さを担保するための委員会のような組織が必要
>となるだろう。
 「百点満点の制度」はないにしても、公益事業としての「以前の制度」より点数が低いなら、それは採用するべきではない。ましてや、カリフォルニアでは、新しい制度の導入で電力危機まで引き起こしたということを、「自由化論者」たちは肝に銘じてもらいたい。

 また、新制度の下、電力産業を監視するため、従来ある経済産業相(以前は通商産業省)と公正取引委員会に加え、第三の機関の新規創設を提案しているようだが、ここでもまた「規制緩和」ではなく、「規制強化」ではないか。冗談もほどほどにしてもらいたいものだ。

 「自由化」は、規制を緩和し、関連行政機関を縮小し、新規に参加する企業も従来からある企業も公平に競争させてこそ、真の「自由化」である。「自由化」を表向き標榜しつつ、一方で、自分たちが主張する「反原子力」と「自然エネルギー推進」を有利に進めるための「規制強化」と「不公平な競争」を画策していることは明白だ。「自由化」という「法衣」の下に「反原発」という「鎧」がちらちら見えかくれしている。

> もう一点、カリフォルニアの教訓として日本が学ぶべきなのは、電力の相
>互融通能力の確保という点である。東京電力を始めとした電力大手十社は、
>今まで、売上高の二倍にも達する有利子負債を持ち、株価は低い水準にとど
>まってきたが、現在は財務体質の強化のために投資の圧縮を強力に推し進め
>ている。これから、送電線など電力会社同士が相互に電気を融通できるよう
>に設備を充実するには、何らかのインセンティブを付与する必要がある。市
>場に任せていたのでは送電線の増設などは進まない可能性がある。電力市場
>の制度設計に際して考慮が望まれる。
 ここでもおかしな事をおっしゃる。「電力の相互融通」など、離島の沖縄は別として、9電力で緊密に行ってきたことだ。例えば、九州電力管内の需要が急増し、北海道電力管内の供給に余裕があることが分かると、日本列島の電力会社の送電線を次々に使って、北海道の電気を九州に融通してきたのである。

 「売上高の二倍にも達する有利子負債」を抱えていたのは、何も好き好んで借金をしてきたのではない。供給責任を果たすため、何年も先の需要予測に基づき、施設計画を立て、それに基づいて発電所などの建設に先行投資してきたのだ。

 ところが、「電力自由化」の下では、「供給責任」は撤廃される反面、企業経営の保護もなくなるとなると、独自の経営努力もしなければならなくなった。「市場に任せていたのでは送電線の増設などは進まない可能性」は、当然である。利益率が低い事業や、リスクが高い先行投資は、極力控えるというのが、「自由化」の下での経営の基本だからだ。

> 送電能力が増強され、電力相互融通の可能性が増えると、電力分野におけ
>る技術革新の成果を享受できるようになる。
 「技術革新の成果を享受できる」のは誰か?消費者ならいいが、原子力発電所建設に反対する環境保護論者で高いコストのかかる自然エネルギーの推進派や、供給責任など眼中にない、単なる儲け主義の新規参入業者ばかりが享受する可能性大である。「下司の勘ぐり」でないことを祈りつつ・・・。

   (次につづく)