>▼東海村の臨界事故(昨年九月)では、バケツでウラン溶液を作っていた実 >態が明らかになった。実は高木さんにも、働いていた原子力事業会社でバケ >ツを使った経験がある。『市民科学者として生きる』(岩波新書)によると、 >実験用原子炉が停止するたびに炉水プールからバケツで水をくみ上げ、駆け >足で化学実験室に運んでガンマ線分析をした。バケツを実験に使うことがあるかも知れません。しかし、それが放射性物質に汚染されている可能性があるものは、放射性物質取り扱い管理区域内であり、そこには固定式の放射性測定器のモニターが設置されており、中で働いている人はそれぞれが放射線測定器を胸に携帯しています。また、原子炉の水のような放射能がある程度あると予測できる物質を移動させる場合は、持ち運びが可能な測定器を、予め決められた「放射線管理者」が持ってエスコートすることになっています。
>▼炉水にどれだけ放射能が溶けだしているかを測るためである。<ずいぶん >乱暴なことだったが、その時は結構平気でやっていた>。バケツを使ったの >は<原子炉停止から測定までの時間をいかに短くするかだけが勝負のような >実験>だったからだ。原子炉が停止してすぐに炉内の冷却水が取り出せると言うことは、ごく小さな訓練用の原子炉でのことのようです。しかし、この程度の規模の実験室だとしても、この著書には省略してあるのかも知れませんが、上で説明した測定器が何重にも設置されており、従事者の安全も十分考慮されていたと思いますよ。
>▼「事故のときの放射能放出などに、専門家が無神経なのはなぜか」。後年、 >しばしば、そう質問されたそうだ。反省をこめて高木さんは書く。「仕事が >安全に優先する」のが研究者の心性だった、と。<若い助手に「少しぐらい >の放射能を恐れていては一人前になれないぞ」などと言うようになっていた>。いかなる事故でも、ひとたび起これば神経を張りつめて対応に負われるのが常ですが、ましてや放射性物質が外部に放出されるような事故が万いつ起こった場合、それに「無神経」でおられる専門家は、少なくともわれわれの周囲にはおりません。まったく心外です。
ましてや、「少しぐらいの放射能を恐れていては一人前になれないぞ」などと、冗談でいうことはあるかも知れませんが、そのような叱咤激励は聞いたことはありません。われわれも人の子、「仕事が自分の安全に優先する」ことはありません。
ただ、われわれは放射線の本当の恐さを熟知していますし、逆に言えば、どの程度の放射線ならまったく安全、というレベルを知っていますから、むやみやたらと恐れるようなことはありません。
>▼炉水は、測定の結果、予想以上に放射能汚染していた。研究を進めようと >したら、上司に阻まれる。退職し、大学教授になるが、これも辞職。「原子 >力資料情報室」を設立し、原発やプルトニウム利用政策の危険性を訴えるフ >リーの科学者としての道を歩くことになる。この「天声人語」では、原子力界の上の方の人間は、若い研究者が疑問をもって追求しようとしても、それを管理者の権限で葬り去ることがある、それほど酷い原子力界だと、暗に言いたいのでしょうが、これこそ、ウラをとって、真実を伝えるべきでしょう。原子力界の研究者に対して大変失礼です。
>▼きのう閉幕した国会で、「原発立地地域振興法」が設立した。高木さんが >病床で口述した小説『鳥たちの舞うとき』(工作舎)の一節にある。<ひと >つの原発の建設は、その他の選択肢をすべて圧殺してしまう。巨大な資本が >投入され、地域経済も支配される。巨大権力集中型のエネルギー社会を否応 >なしに生み出していく。>「ひとつの原発の建設は、その他の選択肢をすべて圧殺してしまう」とはどういう意味でしょうか。水力も火力も、そして新エネルギーも、電源の選択肢として健在しています。それらがそれぞれの時代時代の諸条件に照らして「ベストミックス」という形で選択されているのです。
地域経済にも巨大な資本が投資され、電源開発と地域開発とが共存共栄できれば、それに越える幸せはないのではないでしょうか。「小規模権力分散型」のエネルギー社会も、決して否定されてはいません。電力の自由化はまさにそれを目指しているのです。ただ、「小規模権力分散型」だけでは、この先進工業国の電力需要を十分賄ってゆくことはできません。
「巨大権力集中型」とはちょっと違いますが、「巨大電源集中型」のエネルギー社会も、資源は少なく人口が集中する日本の経済を支えて行くためには必要でしょうね。
最近の朝日新聞の原子力界集中攻撃キャンペーンは、どう見ても異常と言わざるを得ません。かつて、朝日新聞で編集主幹をされていた岸田純之助氏がおっしゃっていましたが、「原子力はYES,BUT」でした。しかし、最近の原子力報道は「原子力は何がなんでもNO」と思える報道が目立ちます。
もう少し、マスメディアとしての良識をもってご高配を賜りますようお願い申しあげます。
「G研」代表