朝日新聞(2007年6月25日)

<ビル・エモットの世界をよむ>===============「地球温暖化」

          「痛みなくして成果なし」

(その3)


 <本文転載>



 だれもが地球を救わねばならないと思い、自分も何かしなくてはと考える 
時代だ。ドイツであったG8サミットの最中に地球に降り立った宇宙人にも 
そう思えただろう。メルケル(ドイツ)、安倍(日本)、ブレア(英)ら、  
各国首脳が気候変動対策で自国案を争って発表しようとしている。驚いたこ 
とに「有毒性テキサス人」だったはずのジョージ・ブッシュもそうだ。20 
12年に目標期限を迎える京都議定書に次ぐ枠組みが必要だということで、 
あいまいながら、合意もできた。                    
                                   
 しかし、首脳たちは本当に真剣なのだろうか。宇宙人がこれらの提案を読 
み、そして経済や人間活動を理解する知能を備えていたら、地球の運命はと 
っくに決まっていると思うだろう。政府は本気で取り組んでいない。なぜな 
ら政治家は市民の側も真剣ではないと思っているからだ。進めようとしてい 
るのは、生ぬるくて痛みを伴わない提案。これではうまくいかないだろう。 
                                   
 気候変動をめぐる政治は、確かにこの1年で変わった。これまでは世界中 
の政治家が、この間題は重要な長期的課題であると演説し、温室効果ガスの 
排出量を減らすために97年の京都議定書で決まった取り組みに参加を表明 
(米国と豪州の政治家を除く)しておけばよかった。そして、その後おおか 
たの態度は、無視だった。これがまさに日本政府が温室効果ガスの排出量を 
2012年までに1990年の水準から6%削減すると京都で約束したとき 
に行ったことだ。日本の排出量は現在、90年の水準より8%多い。    
                                   
 市民が甘い言葉ではなく具体的な行動を望んでいることを今や政治家たち 
は理解しており、その認識は米国や豪州にも達した。地球温暖化問題をライ 
フワークにしているアル・ゴアの人気、カリフォルニア州の排出量削減の取 
り組み、ガソリン価格の高騰などのすべてが意識の変化につながった。米議 
会も大統領も仲間に加わりたいと思っている。安倍晋三氏が日本も排出量削 
減を目指していると示した熱意もまた、しかり。             
                                   
 もしそうなら、安倍氏は前任者のスローガンを借りるというやりたくない 
ことをやる必要があるだろう。小泉純一郎氏は、痛みなくして成果なしとよ 
く言ったものだ。90年代にメージャー英首相も同じことを言った。2人と 
も経済改革について語ったのだが、環境にも当てばまる。         
                                   
 政治家の提案は、痛みのある問題をはぐらかすためにあいまいな言葉を並 
べたものばかりだ。彼らは温室効果ガス排出量削減の目標を語り、今や排出 
量50%削減は人気の数字になったが、安倍氏は5月24日の演説で、慎重 
に基準年を明言することを避けている。90年を基準とした削減より、それ 
以後増大した現在の水準からの削減のほうが痛みは少なくて済むからだ。  
                                   
 政治家たちは技術革新の必要性を語り、欧州を始めとする一部の国は、排 
出量取引制度について語った。彼らは効率という言葉が好きだし、太陽光、 
風力、水力、原子力やバイオマスといった代香エネルギーについて語ること 
が好きだ。                              
                                   
 しかし、排出量を大幅に削減するためには、企業経営者と同様に各家庭で 
も自分の行動を変えなければならない。それも恒久的に。行動は、変えよう 
という継続的かつ確かな動機がなければ決して変わらない。そして、動機は 
課税と規制の二つの方法しかない。だが政治家は「税」という言葉は「減」 
と、「規制」は「緩和」と抱き合わせて使うことに慣れ切っている。    
                                   
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 低炭素化社会をめざす革新的技術は、政治家の呼びかけや、わずかな研究 
補助金だけで開発できるものではないだろう。そうした技術が誕生するのは、
これまでの技術に依存し続けることは高過ぎると見なされた時だけだろう。 
トヨタやホンダの「ハイブリッド」エンジン搭載車に人々が熱狂しているに 
もかかわらず、これは新車販売のごく限られた一部でしかないのが事実だ。 
欧州人は排出量取引制度を誇らしげに語るが、そうした制度は汚染する権利 
を再分配するものでしかない。政府が大幅削減の十分に厳格な目標を設定し 
ない限り、人々は有事物質を減らそうとはしない。そして企業は当然ながら、
そうした削減に猛烈に反対する圧力を政府に掛ける。           
                                   
 人々の行動は痛みを伴わなければ変わらないだろう。日本を含めた各国政 
府が気候変動問題に関して言うことは、痛みについて正直に話し始めるまで 
まともに受け止めるべきではない。痛みとは、化石燃料や有害物質を出す原 
因への高い税金と、厳格な規制である。                 
                                   
 多くの政府は、税ではなく境制に気持ちが傾くだろう。なぜなら、増税が 
有権者の反発を招くことを恐れるからだ。しかし規制は、正しく導入するた 
めには専門知識を要する切れ味の悪いツールであり、その点では税の方が柔 
軟性が高い。そして、政治指導者が十分に納得のいく説明ができれば、問題 
解決の糸口はある。炭素の使用に高い新税を提案するのと同時にその埋め合 
わせとして、他の税金を等しく大幅減税するのだ。増税は、有権者にあまり 
に不信感が強いためなかなかやりにくい問題である。それでも安倍氏がそれ 
に手を付けるまで、気候変動問題をめぐって彼の言うことを真剣に受け取る 
べきではない。