シンポジューム「21世紀のエネルギー選択」 主 催:朝日新聞社 後 援:通産省、科学技術庁 と き:2000年1月25日 ところ:東京・有楽町「朝日ホール」 出 典:朝日新聞(2000年2月11日) 飯田哲也氏(日本総合研究所主任研究員)の意見要約から > 臨界事故の報告書には重要な点が落ちている。一つは、乾いたぞうきんを >絞るように1分1秒、1円を削る日本企業の体質だ。もう一つは、通産省の >周りに電力会社、科学技術庁の周りに日本原子力研究所と核燃料サイクル開 >発機構があり、その周りを原子力産業が取り巻く「原子力ムラ」構造。これ >らの力関係にまで踏み込むべきだった。経営の合理化は、日本の経営者に限らず、何処の経営者も考えていることだろう。そして、日本の原子力界の構造と臨界事故との関わりはどういうことなのだろうか。これだけではよく分からない。大風呂敷を広げた思わせぶりな発言にはあまり気にとめない方がいいのかも知れない。
> 臨界事故の前に、核燃機構の再処理工場爆発、もんじゅの事故があった。 >プルトニウム利用がぼろぼろになっている。使用済み燃料の中間貯蔵は行き >詰まっていて、高レベル放射性廃棄物処分なども見通しがつかない。核燃料 >サイクルや原発増設などを、立ち止まって検証する必要がある。貴重な資源の有効利用はいつの時代でも最重要課題として考えておかなければならない。プルトニウムもその貴重な資源に違いはない。いろいろ原子力関連のプロジェクトは確かに行き詰まっている。しかし、そのほとんどは、心ないマスコミや反対派のアジテーションで世論を恐怖に導いて撹乱させているいるからだ。それに、残念ながら、社会からまず信頼されなければならない技術者の一部が不祥事を起こし、原子力関係者全体に社会の厳しい目が向けられているのが現状だ。これが現在、行き詰まっている最大の原因と考えている。
> スウェーデンが昨年11月末に原発を1基停止した。ドイツ、スイスなど、 >欧州では次々に脱原発に向かっている。それと呼応し、自然エネルギー利用 >が大きく加速しつつある。あたかも原子力技術に欠陥が見つかったから、これらの国は原発を諦める方向に向かってきたかのような発言だ。そういうことは決してないと断言できる。それらの国の政権担当者が、「原子力より自然エネルギー」という無責任な世論に屈したからに他ならない。
> 象徴的なのはドイツだ。1990年代初めは日本同様、自然エネルギー後 >進国だった。日本は今もたかだか6万キロワットだが、ドイツは去年暮れで >約400万キロワット。自然エネルギーによる電気買い取りを電力会社に義 >務づける法律一本で、これだけできた。日本は新しい政策に挑戦せず、「省 >エネルギーはできない」「自然エネルギーは普及しない」といってきた。自然エネルギーによる電気にかかったコストを、自然エネルギー信奉者の電気料金に限って上乗せできるなら、我々も電力会社に買い取ることを進めもしよう。が、原子力推進派も含めて一律に電気料金が値上げされるなら、それはゴメン被りたい。
> スウェーデンでは昨年、環境保護庁と産業省が共同で2050年のエネル >ギービジョンをまとめた。省エネ、バイオマス、風力の3つのシナリオで、 >いずれもより豊かになる一方でエネルギーは減らす姿を描いている。二酸化 >炭素は約6割減るというビジョンだ。スウェーデンは、総発電容量の半分近くを占めている原子力を段階的に止め、省エネ努力と新エネルギーの今後の開発に期待しようという選択を国民投票で決めたのだから、この枠の中で描かざるを得ない将来ビジョンはせいぜいバラ色にして進む以外方法はなさそうである。お手並みを拝見させていただこうじゃないか。しかし、何も知らない国民こそえらい迷惑なことだ。
> 日本もこういう次元のビジョンをつくることが大事ではないか。内実を伴 >った政策ツールをきちんと日本の中で実験して、グローバルスタンダードに >するぐらいのことをすべきだ。原子力のないエネルギー政策を、「内実を伴った政策ツール」でもってつくってもらいたいものである。ここで重要なことは、「内実を伴った政策ツール」の中に「世論の動向」を入れてはならないということである。
例えば、「省エネ」。「みんなで省エネ努力すれば何とかなりますよ」「自然エネルギーのためなら電気代が少々高くなってもかまいません」・・・こういう意見ほど当てにならないものはない。不確実な「世論」など、ロングレーンジでグローバルな視点に基づいて立案しなければならないエネルギー政策には、そのプロセスに絶対混入させてはならないのである。
「G研」代表