> ウランだけを燃やす場合に比ベ、ブレーキ役の制御棒の利きが悪くなるな
>ど、原子炉の制御が難しくなる。
 「ブレーキ役の制御棒の利きが悪くなる」などといった表現はさすがだと思いますが、何を根拠にこういう表現をされるのか、「原子炉の制御が難しくなる」なんてことが本当なら、ポンコツ車で山道を運転しているようで、誰もが恐くて運転などできるものではありません。

 こういう極めて専門的な部分を表現される場合には、原子力安全委員かそれに同等の専門家によく聞いてから書いてもらいたいものです。

> 重大事故が起きたときの被害ははるかに大きくなる、との指摘もある。
 これは誰が指摘しているのですか? 最初からウランだけを装荷して運転する軽水炉に比べ、プルトニウムを最初から混ぜて装荷する軽水炉の運転の方が、起きる可能性のある重大事故の影響は大きいなどとこの論説委員を脅したのは、何処のどなたでしょうか? また、そのような重大事故とは、どういうものを想定されていたのでしょうか?

> 政府の原子力安全委員会は「原発には安全上の余裕を持たせてあるので、
>M○X燃料の割合が3分の1までなら安全だ」とのお墨付きを出している。
 改良型ですが、沸騰水型軽水炉(ABWR)に全数MOX燃料を入れて運転しても大丈夫というお墨付きも間もなくもらえるでしょう。電源開発が建設を計画している青森県は下北半島の大間原発には、フルMOX燃料のABWRが建設される予定です。

> しかし、安全委員会の審査が必ずしも頼りにならないことは、茨城県東海
>村での臨界事故が示したばかりである。
 臨界事故が起きたのは原子力安全委員会の審査が頼りないからではありません。審査して許可された方法をJCOが守らなかったからです。

> が、説明会は3回しか開かれておらず、町民の納得が得られたとはいえな
>いと、住民投票を求めるグループはいう。
 「説明会」などといった町などが設定した公的なものは3回だけだったかも知れませんが、高浜原発にはPR館もあり、隣の大飯や美浜、あるいは敦賀にもPR館や展示館が目白押しにありますから、いつでも何処でも、疑問を持たれている方は誰でも、専門家から懇切丁寧な説明を受けることができます。

> とくに、東海村で臨界事故が起こったあと、不安と疑問が高まっている。
>だから、原発関係の仕事をしている人の多い町で、請求に賛同する署名が有
>権者の21%も集まったのだ。
 それはそうでしょう。大新聞の論説委員という、世間では常識人と見られている方が、読者を不安に陥れるような記事を平気で書かれているような社会環境の中なら、単に原発関係の仕事をしているからといって、原子炉や放射線の専門家とは限りませんから、不安に思う人が出てきても何ら不思議ではありません。

> こうした実態を踏まえれば、議会は住民投票の実施を決めて当然だろう。
 無責任なジャーナリストによる読者を怖がらせる目的で書かれたものが横行している中で、日本の将来に関わる課題を住民投票で決めることは、非常に危険が伴います。

 直接民主主義には多くの弊害があることが分かり、間接民主主義、つまり代表制民主主義になったのではなかったのでしょうか。エネルギー開発のようにグローバルでロングレンジな視点が要求されるテーマについてはとくに、エモーショナルな判断が大勢をしめる住民投票に頼ってはならないと確信します。

> 万が一、重大事故が起きたとき、真っ先に放射線を浴びるのは付近の住民
>だ。風評による被害を受けるのも、地元の事業者なのだ。<幹>
 最後のパラグラフまで、読者の恐怖感を助長する表現でした。これでは、プルサーマル計画を受け入れる地元には、何のメリットもなく、ますます危険を伴うことになる、といわんばかりではありませんか。

 地元には、高価なMOX燃料の価格に比例して計算される核燃料税が入ります。不景気が続き税収が落ちている今日、この核燃料税による臨時収入は、地元の自治体にとって大きいと思いますよ。

 こういうこと、メリット、デメリット、すべてを明らかにして公平な立場からみんなが判断できるようになれば、住民投票も一つの選択肢かも知れませんが、それには、マスコミの意識改革がまず必要不可欠でしょうね。

      「G研」代表