1999年12月23日付け朝日新聞の「社説」

  「虚構の旗を降ろそう  岐路に立つ原発計画」

[1段目]
> 安全規制の最高機関である原子力安全委員会の強化が欠かせない。大きな
>権限と人員を有する米国の原子力規制委員会が参考になるだろう。
 一つの対応策ではありますが、規制組織を強化しただけでは本質的な問題解決にはならないと考えています。すそ野を広げた人材の育成とステータスの向上が基本にあって、原子力関係者が中心となって「安全文化」を広めることが先決と考えています。

[1段目から2段目にかけて]
> 何より考えるべきは、原子力に大きく依存している、いまのエネルギー政
>策の是非である。私たちは三年前の社説で、日本の総発電量に占める原発の
>比率を、三割程度にとどめることを主張した。
 何を根拠に原子力発電量(kWh)の総発電量に占める割合を3割としているのか、理解に苦しむところです。もうすでに40%近くを原子力で賄っていますが、それを2010年には45%くらいにはしないと、というのがわが国のエネルギー政策です。これには明白な根拠があるのです。

 電源別構成比は、「ベストミックス」といった表現が使われるように、好き嫌い、人気投票で決められるものではありません。経済性や環境への配慮、セキュリティー、技術開発の進捗状況など、あらゆる条件を考慮して、その開発の目標が計画に盛り込まれるのです。

[2段目]
> 臨界事故を機に、例えば新しい原発に着手することを二年程度凍結し、そ
>の間に、原子力をどう扱うか、国民に開かれた徹底的な議論を展開すること
>を提案したい。
 1986年1月、スペースシャトル・チャレンジャー号が、発射直後、爆破遭難し、乗組員は全員海の藻屑と消えたことは、我々の記憶に未だ鮮明に残っています。しかし、アメリカの宇宙開発はその後も着実に継続されたからこそ、そのわずか2年後の1988年9月、スペースシャトルの打ち上げは見事に成功しました。

 わが国の開発史上はじめて、放射線被曝による犠牲者が出たからといって、原発建設を凍結する必要性はまったくありません。着工から運転開始まで5年はかかります。運転をつづけながらでも、建設しながらでも、地元と交渉しながらでも、必要なら議論は十分にできます。

 凍結することによって技術者が他の分野に分散するというマイナスの事態も考えられます。分散していった人材を再度呼び戻すことは至難の技でしょう。昔から「継続は力なり」といいますが、まさしくそのとおりで、凍結してより良い結果が生まれるとは思えません。

[2段目]
> それによると、2010年までに原発を二十基程度増やし、原発依存度を
>45%程度に高めることになる。だが立地の難しさなどで、実現するとはだ
>れも思っていない。政府の役人や電力会社でさえもである。
 電力需要の伸び率を年間2%とすると、この10年間で原発を20基ほど増やし、原発による発電量の総電力量に占める割合を45%くらいに増やしていかないと、石油や石炭、天然ガスなどの火力や水力では需要に追いつかなくなる。ましてや新エネルギーでは荷が重すぎる。これがエネルギー専門家が詳細な分析からはじき出したエネルギー開発計画です。

 これはあくまでも計画で、努力目標でもあるのです。しかし、これは、地球温暖化ガス排出量のように、国際社会などに約束した数値ではありません。例えば、国民の間で省エネルギー推進運動が高まり、予想した電力需要の伸びが頭打ちにでもなれば、当然この計画は下方修正されますし、また、原発に替わって新しいエネルギー源が急激に伸びだした場合にも、原発への依存度は下げられるでしょう。

      <つづく>