自署の読者を恐怖に陥れる達人、広瀬隆氏が集英社の読書情報誌「青春と読書」の1999年11月25日号に、「アメリカの経済支配者たち」という「自署を語る」欄に書いていられるのが、幸か不幸か我々の目に入ったのである。

 題して、「臨界状態にある日本経済とアメリカの経済支配者たち」。

 氏のこのエッセイを読むためにこの小雑誌を手に入れたのではない。たまたま立ち寄った書店のレジの横にあった無料の小雑誌を無造作につまみ上げて持ち帰ったまでである。

 出版社が発行している「読書人の雑誌」は安いか無料であるにも関わらず、中に取り上げられている著者やエッセイなどは超一流と評価されている。その中で、反原発の文筆家として知られる広瀬氏が、同誌に書かれているとなると、通読せずばなるまい。ましてやそのタイトルに「臨界状態」という今年度の流行語大賞間違いなしの用語が使われているとなるとなおさら食指を伸ばさざるを得まい。

 プロローグから超過激な表現である。いわく、

> 九月三十日に東海村で臨界事故が発生した。最初に私の自宅にかかってき
>た電話は、当日昼前の大誤報で、「東海村で原発が爆発したぞ。三人が死ん
>だ」というものであった。
 「大誤報」と認めているにも関わらず、「大誤報」の上を「誤報」「誤認」の解説で雪だるま式に膨らませる、氏独特の表現手法が続いていく。

>東海の原子炉は、チェルノブイリ原発よりひと回り大きな百十万キロワット
>である。その原発が爆発したとなれば、わずか百キロメートル程度しか離れ
>ていない東京のわが家も廃虚となる。
 そして、最初のパラグラフの「悪ふざけ」は、次の表現につないでから、本論のパラグラフに続くのである。

>首都圏四千万人が避難できる場所はなく、絶望的である。考える力もなく、
>呆然とした。
 これをサイエンスフィクション(SF)とするなら、さすが、と賞賛の言葉の一つも贈らせてもらいたいのだが、ウソ偽りの情報で塗り固められたものであろうと、読者を恐怖感に陥れ、世論を反原子力に向かわせようという意図があるなら、表現の一つ一つを「事実誤認」「不正確か不誠実」な表現などと仕訳せねばならないだろう。

 しかし、そうなれば、このエッセイの「経済」の部分を除いた1300字たらずの文章をことごとく打ち込まなければならない。読みこなし反論する気力は、最初のパラグラフだけで限界に達しているから、「大誤認」の箇所をもう一つだけ指摘しておこう。

>すでに核物理の専門家たちのあいだでは、メルトダウンと呼ばれるウランの
>灼熱状態がおそれられ、最悪の場合には、硝酸の液体が蒸発しながら、爆発
>に近いことが起こり得るという予測が出された。
 あの事故を起こしたウラン加工工場で、臨界状態が発展して爆発なんて事態は、まったくと言っていいほど起こらない。いや、起こそうと如何に画策しても、ウラン加工施設で爆発を起こすことは出来ない。ウランの入った硝酸溶液が核分裂の熱で沸騰すれば、逆に核分裂連鎖反応は終息に向かうからだ。核物理学を勉強した人なら理解していることがらである。

>今日まで、この事故のメカニックな真相は隠されたままである。原発で最大
>の事故が発生すれば、一体この国はどうなるか。その絶望的な近未来が、こ
>の深夜の経過から実証されながら、いまだに無報道である。
 この臨界事故は、濃縮ウランの入った溶液が、マニュアルを違反して、核分裂連鎖反応を起こし出す量、すなわち「臨界量」にまで「沈殿層」というステンレス製のタンクに入れたため、自動的に核分裂連鎖反応が起き、そこから発生する中性子やガンマ線などの放射線が放出された・・・・、事故そのものは単純明快なメカニズムである。

 氏の表現は、このエッセイに限ったことではないが、おどろおどろしい、人間の科学の力では解明されない事態が、あるいは、解明されていてもそれを国民に知らせてはまずいと、関係者がひた隠ししている、と訴えたげである。しかし、文章力はあっても、科学技術の知識が薄い氏では、解明し尽くしてきた原子力のメカニズムから、少なくともわれわれ専門家を恐怖に陥れることは不可能である。

 少なくとも、原子力分野では、サイエンスフィクションの作品を書かれることをお薦めしたいものである。

       「G研」代表