「日本経済新聞」夕刊(2002年2月25日)

<あすへの話題>

    ===エンロン社の破綻===

             坂本吉弘(エネルギー経済研理事長)



 いま米国の各界に波紋が広がりつつあるエンロン社の破綻(はたん)に
ついて、親しいアメリカ人から短いメールが届いた。         
 それには「貧欲(Greed)、倫理(Ethics)、傲慢(Arr
ogance)」と、三つの単語が簡潔に記されていた。いま企業の財務
諸表や監査に対する不信感から、米国の資本市場にも影響が及んでいると
いう。                              
 そのほかに、見過ごせない一面がある。経営者と従業員とのかけ離れた
境遇の差である。米誌の報道によれば、同社のトップは、一昨年ストック
オプションを行使して約百五十億円相当の個人の利益を手にした。業績の
悪化を見て、株を売り逃げた幹部もいる。これに反して、従業員が主に自
社株で積み立てていた401k企業年金は、会社が株の売却を認めていな
かったために無価値となった。                   
 市場経済と競争の名の下に何でもありの米国とはいえ、こんなことが許
されるのだろうか。もし合法的であるとすれば、法制度そのものに問題が
ある。社会的不公正を容認することになるから。           
 ひるがえって、日本の伝統的な経営者は、従業員とともに汗を流し、苦
楽を共にすることを誇りにして来た。「現場主義」とでもいうべき哲学で
ある。会社が苦境に立ったとき、高くもない役員の賞与や報酬が一番先に
カットされる。その姿を見て、従業員も懸命に働いて困難を切り抜けた。
 いまやわが国経済の現実は、このような文化だけで乗り切れるほど容易
ではない。従業員の解雇も避けられない。市場からの撤退も必要となる。
 指揮官の真価は撤退時に発揮される。その時、問われるのは指導者とし
ての見識と品位である。何よりも全体の公正が要求される。      
 「乏しきを憂えず、等しからざるを憂える」という理念は、苦難の深ま
るほどに輝きを増す言葉である。                  
 アメリカの大手エネルギー商社「エンロン」が、昨年、破綻し、大きな波紋を世界に広げたことは、マスコミの報道である程度は知りうるところだ。ところが、いまだその破綻の原因などは明確にされていない。

 ただ、はっきりしていることは、この元通産官僚の坂本吉弘氏のエッセイに書かれているように、このエンロンの経営者は私利私欲のみでエネルギー企業を経営していたということだ。

 アメリカは、カーター政権以降、電力などの公共事業の自由化と核不拡散政策を推し進めてきた。よって、エンロンのような無責任な事業家による新規参入企業が増え、大きく成長してきた。その反面、原子力発電所の建設はさっぱり進まなくなった。

 エンロンのエネルギー業界への進出は、アメリカ国内にとどまらず、ヨーロッパはもとより、日本にも進出してきていたのである。

 青森県や九州にも大型火力発電所の建設計画を高らかに打ち鳴らしていた。ところが、親会社の破綻で、エンロンの日本法人は、潮が引くように綺麗さっぱり引き上げていったのである。

 他でも幾度となく論じてきたが、自由化という言葉の響きは快く聞こえる。エンロンのような儲け第一主義で無責任な経営者が参入してくる可能性があるということを肝に銘じておかなければならない。

         「G研」代表