電気新聞(2002年2月7日)

  1面下コラム「焦点」

     「電気を作ってくれてご苦労さん。
      原子力のゴミがもう一度、
      地中に戻って安心して眠れる場所を探してあげたい」

<その2>

▼生活環境評論家の松田美夜子さんが原子力廃棄物の処分問題に取り組み
はじめて7年ほどがたつ。科学技術庁(当時)の課長さんから「原子力委
員会の廃棄物に関する専門委員会の委員になってもらえませんか」という
一本の電話がきっかけだった。                   
 松田美夜子さんという方にお目にかかった者は、我々の仲間にはいなかった。お目にかかってはいないが、電気新聞のコラムの情報だけでも、松田さんのお人柄と透明なお心の持ち主であることは、容易に想像できる。

 インターネットのYahoo!Japanでお名前をインプットして検索をかけたら、なんと750件のページがリストアップされた。これだけでもご活躍の広さが伺い知れるというものだ。

 ほんの簡単なプロフィールをこれらのページから拾ってみると、

「1941年(昭和16年)生まれ。奈良女子大学卒業。生活環境評論家。2000年4月から富士常葉大学環境防災学部助教授。現在は経済産業省・環境省・農水省・国土交通省や専門委員として、ごみ減量リサイクルプロジェクトの改質づくりに参加。元気なごみ仲間の会代表。経済産業省認定消費生活アドバイザー。リサイクル問題のエキスパートとして、講演、執筆、テレビ、ラジオのコメンテーターなど多方面で活躍中」

 などとなっている。

▼環境問題に関心を持つ主婦として、家庭から出るゴミの分別収集を推進
する市民運動家だった。その実績を評価され、政府の消費生活や環境に関
する各種委員会の委員を歴任するようになり廃棄物処理法や家電リサイク
ル法の制定に関与し、最近は自動車リサイクル法の制定にも関わっている。
 外務省のゴタゴタ問題で有名になったが、アフガン難民支援などでもNGO(非政府組織)の活躍が表面化してきている。廃棄物処理の分野でもそのNGOが活躍するようになったということは、多方面で、単なる「お役所仕事」ではらちがあかなくなっているということだろう。

 原子力委員会の事務局をしていた科学技術庁(当時)の担当課長が、松田さんの存在を知り、「廃棄物に関する専門委員会」の委員に抜擢したことは、近ごろにない大ヒットであったといえよう。

▼「ゴミ問題は弱者対策なんよ」と松田さんは言う。高齢者や障害者に優
しい社会を作ることと同じ気持ちで取り組んでいる。さんざん人のために
尽くしてきたのに、必要がなくなると汚いと邪魔にされ捨てられる。「優
しい社会を作ろう。ゴミは社会の弱者よ」と。            
 我々の仲間もそろそろ定年が近づいているが、女房たちから「粗大ごみ」といわれないよう、退職後の生き甲斐を今から見つけておかなければならないとつくづく思った。

 ただ、使用済み原子燃料は、そのまま捨て置くと、名実共に「粗大ごみ」だが、原子炉の中でエネルギーを放出しながら蓄積したプルトニウムを取り出せば、貴重な国産資源となって、何度でも活躍の場が与えられるのである。

 我々もまだまだ「粗大ごみ」になっているわけにはいかない。再処理なりリフレッシュなりして、原子力開発の健全な推進活動を展開し、わが国の安定したエネルギー供給にお役に立ちたいものである。

▼カンやペットボトルなどまだ使えるものには、もう一度頑張ってもらお
う。使えなくなったらエネルギーとして世の中の役に立ってもらおう。そ
して本当に用がなくなったゴミには「ありがとう」と言って永眠の場を用
意してあげよう。この優しい感謝の気持ちが松田さんを収集運動に駆り立
てている。                            
 原子力開発に一生を捧げたという満足感で一生を全うしたいと常々思っているが、その際、「ありがとう」と言ってもらえるような社会になっていることを願わずにはおられない。

▼勉強しなくては、と毎年一回、自費を投じて夫婦で欧米の原子力廃棄物
処分場を視察している。働いている人たちが皆、誇りを持っていて笑顔が
素敵だと感じた。いずれ日本も、との思いに熱い。          
 日本の原子力開発に携わっている我々の「笑顔が素敵」と、松田さんから評価してもらえるようになる日はいつのことか。しかし、反対派にかき回され、原子力開発が滞りがちになっている欧米の原子力関係施設で働いている者たちよりは、日本の我々の方が何倍もその職場に誇りを持っていると、我々は自負していたのだが・・・。

          「G研」代表