電気新聞(2002年2月7日)

  1面下コラム「焦点」

     「電気を作ってくれてご苦労さん。
      原子力のゴミがもう一度、
      地中に戻って安心して眠れる場所を探してあげたい」

<その1>

 ゴミに関しては誰一人として良いイメージなど持っていないと思っていた。ましてや、ゴミを感謝の気持ちで処理処分するなんて考えてもみなかったことである。

 ところが、何と、少なくとも一人だけ、奇特な方が日本にいらっしゃることを、2月7日付の電気新聞のコラムで初めて知った。ある意味ではものすごくショックを受けたのである。

 高レベル放射性廃棄物は原子力発電所から出てくる原子力のゴミである。
わが国ではいまだに安住の地が見つかっていない。「電気を作ってくれて
ご苦労さん。原子力のゴミがもう一度、地中に戻って安心して眠れる場所
を探してあげたい」。                       
 この最初のパラグラフを読んだだけで、心が洗われる思いがする。

 例えば、手料理でお客さまをもてなすことをイメージしてもらいたい。計画段階から食材の買い出し、煮炊きなどの料理、お皿などへの盛りつけ、テーブルに並べながら料理自慢までを作業の「アップストリーム」と呼ぶ。お客さまがお帰りになって、食べ散らかったテーブルや、汚れ放題のキッチンの後かたづけの作業を「ダウンストリーム」と呼ぶことにしよう。

 この「アップストリーム」と「ダウンストリーム」、作業を分担することになった場合、誰が喜んで「ダウンストリーム」を担当するだろうか。正直な人なら、もちろん「アップストリーム」だろう。

 原子力界も「アップストリーム」ばかりにスポットライトが当たり、関係者も当然「アップストリーム」の仕事に群がったのである。

 反対派からは、当時の原子力システムを称して「トイレなきマンション」と揶揄されていたことは有名な話だ。もっとも「便所臭い掘っ建て小屋」と言われなかっただけまし、と我々は甘んじて受けとめていたのだが・・・。

 それにしても「電気を作ってくれてご苦労さん」と考えた者は、少なくとも我々の仲間には残念ながらいなかったことを正直に告白しておこう。それに、「原子力のゴミがもう一度、地中に戻って安心して眠れる場所を探してあげたい」とまで、悟りに近いところにまで登り詰めていなかったことも確かだ。

           <次につづく>