<その1>

シンポジウム「原子力を考える−−産消交流」(電気新聞主催)

[基調講演]=====================西部 邁氏

       プルトニウムに頼る未来、楽しく語り合おう


 12月10日、電気新聞主催のシンポジウムが開かれた。題して「原子力を考える−−産消交流」。主催者の説明によると、「原子力発電・エネルギーをめぐるさまざまな課題について、より一層の国民的理解と合意をめざすためには原子力生産地(立地県)と電力消費地、行政関係などの当事者・専門家が一堂に会し真摯な対話を行うことが大事だと考え」、このシンポジウムを主催したとしている。

 立地県を「原子力生産地」としているのは、「原子力による電力生産地」とするべきだろうが、いずれにせよ意義深いシンポジウムを開催したものである。中でも、いま、最も輝いている評論家、西部邁(すすむ)先生を基調講演者にもってきたことは大ヒットであったと、高く評価したい。

 今日(12/27)の電気新聞に、そのシンポジウムの全容を2面にわたって報じていたので、西部先生の「基調講演」部分だけを取り急ぎ取り上げることにした。

 西部先生の基調講演の新聞掲載の要旨は、もう少し詳しく、できれば速記録全部を掲載してほしいが、聞きにも行かないでぜいたくは言うまい。

 それにしても、先生の話は、懇切丁寧、微に入り細に入るお話で、非常に分かりやすい。我々のコメントなど、挟む余地はまったくなさそうに思える。

 講演内容を敢えて分類すると、5つのテーマに分けられる。「文明技術の安全性」「有限な地球資源」「プルトニウムの管理」「住民投票の是非」「日本の将来に思いを巡らし・・・」の5つである。

<文明技術の安全性>

 以前から言っていることだが、文明の技術は安全だとは到底、思えない。
何らかの危険や危機をはらんでいるものだ。             
 その意昧で、「原子力は安全」というのも間違いで、東海村の事故では
二人の犠牲者を出している。だが、自動車や食品、薬品などの文明技術で
戦後五十年以上の間に百万人を超える人が犠牲になっているのも事実で、
原子力では「原子力発電が危険」と騒ぐなら、自動車や食品、薬品の危険
性をもっと言わなければならない。                 
 リスク(危険)とベネフィット(利便性)を天秤にかけながら、技術開発を進めなければならないとする我々の主張と同じである。ただ、原子力発電の危険性は、その地元住民に及ぶもので、その安価で安定した電気を享受しているのは消費地の住民には及ばない、というのが反対派の主張であることに、我々は留意しておかなければならないだろう、と考えている。

 「原子力発電が危険」と騒ぐなら、自動車や食品、薬品の危険性をもっと言わなければならない」という先生の主張は、至極もっともなご意見で、我々も口を酸っぱくしながら主張してきたが、世間、特に強硬な反対論者にはなかなか通じないようだ。

              (次につづく)