日本経済新聞(2010年1月24日)


<国際欄記事>


  韓国、原発受注へ官民一体


    研究開発に補助■大統領がセールス


(その1)


 日本最初の原発は東海1号機で、それが運転開始したのは1965年だった。 韓国最初の原発は古里(コリ)1号機で、その運転開始は1977年、日本から 遅れること12年ということになる。その後、日本は今日までの43年間で53 基の原発を運転させていた。一方の韓国は、31年間で20基を運転させている。 建設中の原発は日本4基、韓国6基と、基数では逆転している状態だ。

 これだけのデータを見ただけでも韓国の原子力産業は順調な発展をしているこ とが分かる。ただ、特記すべき点は、この韓国の運転中および建設中合わせて2 6基の原発のうち、日本の原子力プラントメーカーは1社も関わっていないとい うことだ。それだけ日本のメーカーに力がなかったということではなく、日韓の 間に原子力平和利用協力協定が締結されていなかったためである。

 日本政府が結ぶ原子力平和利用協力協定は、米、英、仏といった原子力先進国 に限られ、日本からの協力を望んでいた韓国、インド、中国といった国々との協 定はなかったのである。

 日本から12年遅れてスタートした韓国の原子力産業は着実に発展し、このた び官民一体となって輸出産業として伸ばそうという計画が明らかになった。

 日本の原子力産業に長年関わってきた者として、一抹の寂しさと歯がゆさを覚 えるのは我々だけであろうか。まずはその韓国の事情を報じていた日経の記事を 詳しく見てみよう。

 「韓国政府はこのほど「原子力発電輸出産業化戦略」を決定。今後、30年 までに世界で発注される原発のうち、2割を獲得する目標を掲げた。日米仏 の一角に食い込み、世界3位を目指す」                 

 世界の原子力発電プラントの主要メーカーは五社といわれ、そのうち三社(三 菱重工、日立、東芝)まで日本の企業といわれてきた。ところが韓国にも、何社 かの企業共同体の形とはいえ、輸出産業にまで力を付けてきたということである。

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