それでもプルサーマルは必要だ
<その1>
プルサーマル計画の賛否を問う新潟県刈羽村の住民投票で、実施反対が 過半数を占めた。投票に法的拘束力はないが、日本の原子力政策を危うく する残念な結果といわざるを得ない。 |
また、最初のパラグラフに「投票に法的拘束力はない」という文言を入れることは、事実その通りだが、住民投票を敢行した刈羽村の関係者や「反対」の票を投じた1533人の村民の方々のことを思うと、少なからず勇気がいったのではなかろうか。
政府と柏崎刈羽原子力発電所を運営する東京電力は、プルサーマルの必 要性と安全性を繰り返し村民に訴え、理解を求め続けなければなるまい。 |
一般国民にとって、「プルトニウムは必要か」と問われたら、また「安全か」と問われても、いずれも「ノー」と答えた方が無難と判断するのではないだろうか、と、消極的だろうが考えざるを得ない。
今回の投票結果はまた、住民投票というものの正当性と限界を、改めて 考えさせる。一地域の住民が、国民全体にかかわる政策を左右するのでは、 国の存立が揺らぐことになりかねない。 |
我々は民主主義を正当化し、それを国是とする国に住むことに誇りすら感じている。だから、あらゆる重要な政策は国民の意見を直接聞くことが、何事にも代え難く重要だとも思っている。
しかし、日本の国のエネルギー政策を、そこに世界最大の原子力発電所が存在する地域だとしても、その地元の住民の方々だけの意志で左右させていいものではない。