日本経済新聞(2009年8月23日)

<中外時評>============論説委員 清水 正巳

     「原子力」の難題も選挙で語れ

                 廃棄物処分に道筋つけよ


(その3)


 <本文転載>


 政権選択を問う選挙戦はたけなわ。各党はマニフェスト(政権公約)を掲 
げて競い合い、政党間の批判も激しい。公約には国民受けする政治課題が並 
ぶが、政党、候補者が選挙民に問うべきは難題への対応、気構えではないか。
                                   
 選挙で語られぬ政治課題に原子力がある。原子力は地球温暖化の防止に絡 
んで温暖化ガスの排出が少ないと重要性が増している。米欧では原子力回帰 
が顕著で、温暖化防止には自然エネルギー利用を拡大しながら、エネルギー 
安全保障を考え原発建設を進めるというのが世界の潮流だ。        
                                   
 自民党も民主党も原子力の推進では一致している。だからどちらの党が政 
権を担おうが原発建設を進め稼働率を向上させる政策を進めるのが確実だ。 
争点にならないのもそれが理由だろう。                 
                                   
 ただ、原発に関する考え方が同じだとしても、核不拡散が絡むプルトニウ 
ム政策、経済性が難点の高速増殖炉の開発は考え方に微妙な違いがありそう 
である。もちろん核燃料サイクル確立を前提にした路線をすぐに転換すれば 
大混乱する。政権選択がどうあれ、路線は継続しかないだろう。      
                                   
 選挙後の政権にとって覚悟が必要なのは燃やした核燃料の後始末だ。すぐ 
に判断を求められるのは核燃料再処理に絡む問題だ。           
                                   
 青森県六ヶ所村にある日本原燃の核燃料再処理工場は想定外のトラブルで 
身動きがとれなくなっている。工場は運転の是非をめぐる大論争の末、3年 
前に試運転に入った。しかし、高レベル放射性廃液をガラスに封じ込める最 
終工程の装置が不調で、2007年12月に作業を中断。その後も改善せず 
工場は1年近くとまっている。                     
                                   
 工場は基本的にはフランスから技術導入した。しかし、この工程だけは独 
自技術。いまから技術導入しても10年程度必要とみられている。メドがつ 
けられるか定かでないまま改良に賭けるか、技術導入するか、両方を並行し 
て進めるか。その決断の岐路にある。                  
                                   
 トラブルは技術力不足と慢心ゆえだが、問題は今後の核燃料サイクルのあ 
り方にもかかわる。どんな手立てをとるにしても、操業開始は長期延期が不 
可避だし、追加費用がかかる。電力料金に跳ね返る可能性もある。政権公約 
では民主党だけが再処理技術の確立をうたっているが、自民党は言及なし。 
議論はもっとあってよい。                       
                                   
 選挙後の政権が逃げてはならない難題は「負の遺産」だ。原子力は利用す 
る限り放射性廃棄物がつきまとう。使用済み核燃料から出る高レベル放射性 
廃棄物は数百年、場合によって1000年以上の安全管理が必要になる。  
                                   
 原子力の恩恵を受ける以上、最終処分に道筋をつけるのは現世代の責務だ 
が、どの公約からも処分場立地の決意はうかがえない。          
                                   
 処分場の立地は公募の形をとっており、2年前に高知県東洋町が初めて名 
乗りを上げた。だが、民意を問うた町長が出直し選挙で敗れ、応募は白紙撤 
回された。処分場の立地を担う原子力発電環境整備機構によると、それ以降、
応募はゼロ。関心を示す地方自治体はあるが、前進はない。        
                                   
 候補地として応募したり立地が決まれば自治体には手厚い交付金がつく。 
廃棄物は安全性を確保して地下深くに収容し、100年後には完全に埋め立 
てる。地元は埋め立て完了まで何らかの見返りを期待できるだろうが、それ 
以降はなくなる。                           
                                   
 地域の後世に恩恵をもたらすかどうか定かでないまま、地方自治体の首長 
や議会、ひいては地域住民が立地に名乗りを上げ、将来世代に「負の遺産」 
を残す決断をするのは容易ではない。                  
                                   
 立地は周辺地域の同意もいる。民間組織を窓口に悠長に応募を待っている 
のはやる気のなさを示している。政治主導で国が積極的に関与して候補とな 
りそうな自治体や周辺地域に受け入れを働きかけ、将来の安定的な地域繁栄 
を確約するのでなければ、難題は解決しない。政治に堅い決意がいる。   
                                   
 処分場立地は各国が難儀している。これが行き詰まれば世界の原発回帰の 
熱も冷めかねない。                          
                                   
 膨大な財政赤字や温暖化、核燃料廃棄物など、政治でしか対応できない  
「負の遺産」問題はいくつもある。将来の世代に問題を先送りしない判断は 
何か。それを見据えた議論が欲しい。