「日本経済新聞」(2001年4月30日)

[プルサーマル延期]

    エネルギー政策に募る地方の不信

               電力自由化で矛盾噴出

<その2>
>問題提起を狙う?
 
> 東電がプルサーマル開始直前という微妙な時期に不用意な印象を与える動
>きをしたのは「あえて問題提起を狙ったのではないか」とみる関係者もいる
>ほどだ。福島県の不同意は国・電力の動きの整合性のなさを突き、政策の揺
>れの中で翻弄(ほんろう)されがちな地方の危機感を訴えたものともいえる。
 電力会社が毎年発表している「施設計画」で、需要見通しの再検討の結果で発電所の建設計画を見直したのは当然の経営活動の一環である。その「施設計画」は、国や地方の柵(しがらみ)で拘束させてはならない。あくまでも「需要見通し」を重視すべきである。それに最近では、「経営の効率化」も考慮して発電所などの建設計画を立てるべきで、これらは電力会社の経営陣以外、何びとも口出ししてはならない。何故なら、発電所を建てるか建てないかは、自由化の見返りに電力会社に与えられた「権利」だからである。

 プルトニウム混合燃料を福島第一原子力発電所の3号機にいよいよ装荷する寸前、福島県の広野火力と福島第一原発を含めてすべての発電所の建設計画を一時凍結すると発表したから、その建設に伴って地元の自治体に入るはずの補償金や交付金、税金などの収入が、この建設計画の凍結によって当てが外れてしまったのである。

 収入の当てが外れたからといって、プルサーマル計画に待ったをかけるなんて、福島県知事は大人気ないと思わないでもないが、地元にしてみればこのような形でしか国のエネルギー政策や電力会社の経営方針の変更に抵抗できないのであろう。

> プルサーマル用燃料は現在、英仏などで委託生産しているが、将来は青森
>県六ケ所村の民間再処理工場でプルトニウムを取り出し、リサイクルする。
>2005年夏完成予定、総投資額2兆千4百億円。「平成のピラミッド」と
>も評される巨大プロジェクトの事業主は電力各社が出資する日本原燃(青森
>市)だ。
> プルサーマルが軌道に乗れば計算上は核燃料のリサイクルの採算がとれる
>が、「当面これだけの巨大施設を民間だけで担えるかは疑問だ」という声が
>同社幹部からも漏れる。
 原子燃料サイクル確立事業の推進政策は、日本のエネルギー政策の基本であったはずで、電力の自由化政策よりはずーっと後からでてきたものである。この国の政策を受けて、民間の原子力産業界を上げて準備を進めてきた。そして、公的資金の導入を受けることもなく、名実共に民間資本だけで、この巨大プロジェクトの完成に近づけてきたのである。

 「当面これだけの巨大施設を民間だけで担えるかは疑問だ」といった日本原燃幹部の弱音も困るが、世界的にも非常に難しいとされる原子燃料のリサイクル事業を「国策」として民間企業に振っておきながら、一方で「電力の自由化」という原子力推進にはまったくマイナス要素以外の何ものでもない政策を進めるとは、日本のエネルギー政策担当者の「気まぐれ」と「先見の甘さ」を嘆かずにはいられない。

> 効率経営を求める電力自由化政策と、高コスト覚悟で進める原子力政策−
>−。原子力施設立地県も電力会社も矛盾をはらんだ政策に戸惑い気味。
> これに対し国は「両者は十分相いれる。新設の動きすらある米国の原発見
>直しがそれを物語る」(資源エネルギー庁幹部)と反論する。
 「矛盾をはらんだ政策」の域を越え、「矛盾そのものの政策」といいたい。電力業界は、もはや「戸惑い気味」といった生やさしい心境に止まっておらず、「開き直り」とも思えるような、最近の電力各社の経営戦略の方向転換である。

 それに対し、資源エネ庁幹部は、「両者は十分相いれる。新設の動きすらある米国の原発見直しがそれを物語る」と寝言を言っているようだが、カリフォルニアの大停電とそれに伴って民間電力会社の倒産まで経験し、州政府の電力事業の全面介入という規制緩和と自由化に逆行した政策に急遽変更しているではないか。

          (次につづく)