日本経済新聞(2001年4月26日)

        

■■■[(春 秋)]■■■

<その2>

>▼それから15年で世界のエネルギー情勢は大きく変わった。反原発運動が
>強まった政治的影響も大きい。80年代半ばから石油の市場商品化が進み、
>90年代から電力などの市場自由化も進展した。その中で昨年の原油相場高
>騰や米カリフォルニア州の電力危機という予想外の事態も起きた。
 現状はその通りだが、石油の市場商品化が進み、電力の市場自由化が進めば、原油相場高騰やカリフォルニアの電力危機は予想外だったとは断定できない。少なくとも、電力の自由化を急ぎすぎると、長期の先行投資を要する原子力発電所の建設が進まず、原油市場への影響も考えられ、ひいては電力危機もあり得る、と警告していた専門家は少なくなかったはずだ。

>▼原油相場高騰の一因は、石油会社が経営効率化のために在庫を圧縮し、精
>製能力を絞り込んだこと。電力危機も追加発電能力の限界と関係がある。在
>庫と生産能力の余裕が乏しいから、需給ひっ迫や価格急騰への対応が難しく
>なる。市場と企業経営の皮肉な関係だ。
 もう少しはっきり明言するなら、世界の原子力離れが石油業界に息吹を与え、少々高くしても売れると判断したからだ。原子力発電所の新規建設が困難なら、火力発電に頼らざるを得なくなり、そうなると原油が高騰するのは当然の成りゆきである。

>▼米国のブッシュ政権は、原子力の再評価や国内の石油・天然ガス開発の促
>進などを含むエネルギー政策の見直しに着手している。国益に密接にかかわ
>る分野では、市場の機能だけでなく国家戦略も不可欠という発想の表れだろ
>う。日本では「票にならない」テーマに政治が無関心を続けてきた。エネル
>ギー政策も、その一つ。政治の変化は、戦略なき泥縄対応の体質も変えてい
>くのだろうか。
 1973年の第一次オイルショック、79年の第二次オイルショックと、二度まで経験したときには、「脱石油」「脱輸入」「脱中東」と声高に叫ばれていたものだ。しかし、その後、代替エネルギーのエースとして原子力の頑張りにより、原油価格が急降下しだすと、現金なもので、「石油依存度」も、「輸入石油依存度」も、「中東石油依存度」も、オイルショック以前のデータに戻りつつある。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とはこのことであろう。

 そうなると、OPEC(石油輸出国機構)をはじめ、多国籍企業であるメジャーの石油企業は原子力業界を敵視するようになったのである。

 ソ連から資金的バックアップを得て、特にヨーロッパで活躍していた環境保護を標榜する団体が、ソ連の崩壊で資金難に陥った。そこで新たなスポンサーが現れたのである。反原発を主な活動テーマに切り替え、メジャーが新しいスポンサーになったのである。

 この部分は、我々の想像の域を出ていないが、おそらく真実であろうと思っている。とりわけドイツは、この環境保護団体の影響をもろに受け、同団体の政権参加によって、原子力離れは一気に進んだのである。

 環境保護を標榜する団体とすれば、地球温暖化が最も大きなテーマであるが、それを防止するには二酸化炭素を出さない原子力が最も有望なことは分かっているが、原子力をいまさら推進するわけにも行かず、経済大国であるアメリカと日本をターゲットに地球温暖効果ガス削減を両国に強いたのである。

 ブッシュ政権の、原子力の再評価と原油・天然ガスの国内生産量の増加を含めたエネルギー政策見直しの狙いは二つある。一つは原油価格を抑えることであり、もう一つは地球温暖化対策を独自の物差しで進めることである。

 このように、エネルギーや環境問題に対する大胆な対応策は、極めて政治的なリーダーシップが求められるものだ。しかし、日本の政治家は、「票に結びつかない」エネルギーや環境問題から目をそらせてきたのである。

 長期展望で、グローバルに対応しなければならないエネルギー問題を、めまぐるしく変化する日本の政治では、馴染みにくいのも確かだろう。日経の「春秋」子は、「戦略なき泥縄対応の体質」が変わらないと、日本のエネルギー政策や環境政策は固まらないだろう、と主張する。まったくその通りだと、「同感」するものである。

        「G研」代表