原子力部会「あまりにも評価低い」
改めて存在意義問われる
<その2>
> 米離脱で京都議定書が危機 > そもそもIPCCは各国政府が参加するものの、米国や欧州の発言力が強 >い。米国はブッシュ政権になって原子力への傾斜を強めているが、わが国ほ >ど必要に迫られてはいない。欧州にしても一部に低抗感がある。「原子力軽 >視」ともとれる報告書の背景にはこんな事情があるようだ。IPCCがスタートした時点から、明らかに原子力は「軽視」の域を脱して、議論から「無視」され、「排除」されてきた。ブッシュ政権が、京都議定書から離脱し、原子力へ再度傾斜していこうとしている。日本こそ、地球温暖化を防止する最も効果的な方法は原子力発電の積極的な建設をおいて他にない、と主張するべきではないのか。
> また、社会的に受け入れられやすいかどうかの問題もある。その面で原子 >力は天然ガス、コージェネ、ゴミ発電に比べてはるかに分が悪い。IPCC >はこうした点も考慮し、原子力に低い評価しか与えなかったとも考えられる。「社会的に受け入れられやすいかどうか」など問題ではない。科学教育が低下しているのは今日の世界の傾向だ。科学技術の100年といわれた20世紀が過ぎ、21世紀が到来しても、国内社会にはオカルト宗教なるものが闊歩し、国際社会においても宗教戦争が平和を乱している。
このような時代にあって、科学技術の粋を集めて完成した発電システムの安全技術を、社会を構成するほとんどの人々の理解を得るのは並大抵ではない。専門家集団が集まり文殊の知恵を出し合っているはずのIPPCの国際会議で、原子力の積極的な推進を、社会への受容の度合いなど恐れることなく早急に決めなければ、京都議定書に盛り込まれた地球温暖化対策は「絵に描いた餅」に成り下がるだろう。
> 温暖化対策に貢献するはずの原子力だが、国際舞台で華々しい脚光を浴び >てきたかといえば、そうではない。日本の原子力関係者にとっては常にそれ >が不満だった。なにもエネルギーや環境の分野に限らず、あらゆるテーマを論じる国際舞台において、日本の煮えきらない態度は今に始まったことではないが、技術が国際舞台の脚光を浴びようが浴びまいが、日本に、そして世界に必要と信じるなら、国際舞台で声高に主張すべきじゃないか。国際社会で何も言えず、国内で仲間内で「不満」を言ってみても始まらないのだ。
> 「ゴミ発電も結構だが、本当にC○2の削減効果はあるのか。実績ある原 >子力を信頼することも重要。風力など新エネルギーは世界的に普及するため >相当コストがかかり、かなりの不確実性を含んでいる。それを冷静に分析し >なければならない」。関係者はこう指摘する。こう言うことこそ、関係者は、国際舞台で「指摘」するべきではないのか。
> 一方で、温暖化防止に貢献するからといって、それだけに頼って原子力を >進めるには限界がある。今回のIPCC報告書や、温暖化防止に関する過去 >の国際交渉でも、それは明らかとなった。どんな「限界」があるというのか? またまた「社会的受容が低いから」がその「限界」の最大の理由というのではないだろう。もし、この地球温暖化を阻止する最も効果的な原子力を受け入れられないなら、そのような国際会議は退場するべきである。
かつて日本は、国際連盟を脱退するという骨のある外交を展開したではないか。その気骨は消え失せたのだろうか。ただあの時のようにナショナルエゴで行動しては、軽薄とそしられるだけである。全地球を救済するため、原子力は必要不可欠であるから、この主張が受け入れられない国際会議は、堂々と退場しても、人類の歴史が賞賛してくれるだろう。
> 折しも米国が温暖化ガスの排出削減を義務づける京都議定書からの離脱を >表明した。世界最大の排出国である米国の反対で、京都議定書は最大の危機 >にひんしている。 これぞ、気骨を見せた米国の態度である。 > 米国にならって「温暖化対策は後退しても構わない」という、ネガティブ >な姿勢に各国世論が傾きはじめると心配だ。まじめに対策を進めてきた日本 >の努力は水の泡となり、原子力の存在意義が揺らぐことにもなりかねない。各国の足並みなどあまり重要なことではない。これからエネルギー需要が急増するであろう発展途上国の削減目標を課していない「京都議定書」など、米国が主張するように、あまり意味がない。また、原子力発電の積極的な推進によるCO2の削減量を計算に入れない「議定書」もまた意味がない。
アメリカは、京都議定書から離脱しても、原子力を進めてCO2の放出量は削減すると言っているのだから、実質的な削減量は、「議定書」の目標以上に成果を上げるだろうから、何ら心配することはない。
日本も、アメリカを「京都議定書」に止まるよう説得するのではなく、日本も、原子力推進を軽視するような国際会議なら即刻離脱し、アメリカと歩調を合わせて、実質的な「地球温暖化防止策」に邁進するべきである。
ここまで一気に書いて、読み返してみれば、「異議あり」としている部分が明らかに多い。しかし、「異議がある」のは、原子力を軽視して地球温暖化対策を進めようとするIPCCの連中であり、そのIPCCの動向に遅れをとってしかも何も対応策を出そうとしない原子力委員会に対してである。
では、「同感できる」のは何か? 今回の電気新聞の記事に対してである。こういう報道こそ、エネルギー政策や地球温暖化政策における世界の動向を正しく知る上で重要だからである。
「G研」代表