(その2)
次にAの何故京都議定書はそもそもおかしいのか?の説明である。
「京都会議の核心は、主要な国が1990年を基準として、2008年から1 2年までに二酸化炭素を始めとする温室効果ガスを何%削減するかを各国間の交 渉によって決めようとするものである。しかもその実行可能性については全く考 慮せず、また約束をみたさなくても、何のペナルティもない。常識では信じられ ない取り決めである。紆余曲折を経て決まったのは、日本6%、アメリカ7%、 EU全体で8%という取り決めであった」
このような国際的な約束が「京都議定書」であって、これを「おかしい」とい わずして何といおうか、である。
「労するものは救われず、怠けるものが救われるという京都会議の基本的性格 がここでも、鮮明に現れている」
とまで批判されているのである。京都会議の議長国は日本だったはずだから、 なぜこういった批判を謙虚に拝聴しようとしなかったのか、不思議でならない。
三番目の地球温暖化を阻止する効果的な方法は、何故排出権取引ではなく、 「比例的炭素税」なのか? また「比例的炭素税」なる税制とは何ぞや、という ところに移ろう。
「この社会的共通資本をすべての人々が協力して守ろうとするとき、もっとも 効果的であり、社会的コンセンサスを得られやすい政策手段はいうまでもなく、 炭素税である」
ここまでおっしゃる炭素税を環境省は検討したのだろうか? 「炭素税」には 「一律の炭素税」と「比例的炭素税」という考えがあるそうだ。
「一律の炭素税は、経済的合理性、国際的公正という観点から大きな問題があ るだけでなく、発展途上諸国の多くについて、人々の生活の基盤を脅かし、経済 発展の芽を摘んでしまう危険をもつ」
「経済的合理性と国際的公正という視点を充分考慮して、しかも各国の持続可 能な経済発展を実現するためにもっとも有効な政策的手段が、比例的炭素税であ る」
「炭素税の社会的、経済的に望ましい水準は、社会的共通資本としての大気の 帰属価格である。大気の帰属価格は、大気中の二酸化炭素が1トンだ増けえたと きの、大気がもたらす自然的恩恵や経済的、社会的、文化的面での価値の限界的 減少を、それぞれの国の立場に立って評価したものである。大気中に排出された 二酸化炭素は長い期間にわたって大気中に留まるから、現在から将来にかけて、 この限界的評価額を予測し、社会的割引率で割り引いた割引現在価値を求めなけ ればならない」
先生ご自身で「この気の遠くなるような計算を可能にするのが、社会的共通資 本の理論」とおっしゃっているように、なかなか難しい経済論を駆使しなければ ならないようで、ここでは割愛せざるを得ない。そして、日本学士院会員で東京 大学名誉教授の宇沢先生は、今回紹介した論文を次の文章で締めくくられている。
「比例的炭素税の制度は、大気というすべての人々にとって共通の、大切な社 会的共通資本をすべての人々が協力して守り、地球温暖化を効果的に抑制し、同 時にすべての国における持続的経済発展を可能にするためにもっとも効果的であ り、また行政的コストも低く抑えられることを改めて強調したい」
排出権取引などを導入せず、この「比例的炭素税」を検討すべきである。検討 した結果、環境省はどういう見解を持ったのか、是非聞いてみたいものである。
ただ、我々のような技術系の人間は、税制など制度そのものの見直しによって 温室効果ガスの排出量を抑制することも必要かも知れないが、その具体的な削減 方法として、原子力発電の積極的な開発と、電気自動車の全地球規模での普及こ そ必要と信じて疑わないのである。
「G研」代表