朝日新聞(2006年10月4日)


<北極異変>

本の研究者、もっと存在感を           

太田昌秀さん        

              ノルウェー極地研究所・シニア研究員

(その2)

 <本文転載>



 欧州最北(北緯78度50分)の観測村ニーオルスンに面するフィヨル 
ドはこの冬、凍らなかった。私がここへ通い始めた1966年以来、初め 
てである。裏山の氷河も後退して、地球温暖化の影響と考えられる変化が 
眼前で起こっている。                        
                                  
 この島々の周辺は17〜18世紀は捕鯨が盛んで、19世紀は北極探検 
の拠点となった。後に国際連盟初代高等弁務官になるノルウェーのナンセ 
ンは、この氷海を横断し、北極海研究の端緒を開いた。         
                                  
 この群島は、1925年に発効したスバールバル条約でノルウェー領に 
なり、日本を含む条約締結国は、この島々での産業・研究活動についてノ 
ルウェー人と同等の権利を持つことになった。             
                                  
 ニーオルスンは60年代の炭鉱事故後、科学観測基地として整備され、 
現在は8カ国の基地がある。日本の研究者も80年代からこの島々を訪れ、
91年に発足した国際北極科学委員会に参加してこの村に基地を持ち、雪 
氷、植物、オーロラ、オゾンなどの観測を続けている。         
                                  
 南極と違って、同じ村の中に各国が基地を持ち、研究内容は参加国の代 
表会議が調整している。数年前からは韓国と中国も参入したが、日本の影 
が薄いのが寂しい。                         
                                  
 日本の砕氷船「しらせ」とほぼ同じ能力を持つドイツの「ポーラー・ス 
テルン号」は、冬の南極活動が済むと7月から北極海に現れ、各国の研究 
者を乗せて氷海へ入り込んでいく。「しらせ」が定年後に改装されて、他 
の国の観測船や掘削船を先導して北極海をゆく姿を見たいものだ。