
朝日新聞(2003年4月24日)
<私の視点>=================前福井県知事 栗田 幸雄
◆原発トラブル 自治体も専門的能力を
<その1>
「立地地域の住民が原発の存在を忘れ、安心して暮らせる環境。これを実現するには、行政側が常に危機感を抱き、神経をとがらせるしかない。四半世紀以上の間、原子力にかかわってきた率直な気持ちだ」
原子力発電所立地県のひとつ、福井県の前知事さんのお心のうちである。知事さんは、住民が安心して暮らせる環境を実現するには、「原子力技術者が頑張ってくれるしかない」とは、残念ながらおっしゃってはいない。
四半世紀以上にわたって大変お世話になっていながら、その重要な立地県の知事さんにも信頼されるところまでいっていなかった日本の原子力界の関係者は、危機感をもって大いに反省せねばならないところだ。
この栗田知事は、この4月22日、知事在任16年とその前の副知事時代を合わせて26年間、県政のトップから原発と向き合ってこられたが、その間、「いつ事故が起きるかという不安をずっと抱き続けてきた」とおっしゃっている。
我々は、考えてみれば、平均して40年間、原発と向き合ってきたのだが、その間、ただの一度も「事故が起きるという不安など抱いたことはなかった」と、この歳になって振り返っている。こういう我々を称して、原子力発電技術を理解できていない人々から見れば「能天気」と映るのかも知れないが・・・。
栗田知事さんをはじめ、一般の人が原子力発電技術をいまもって何故不安に思っていらっしゃるのか、その原因は、栗田知事のお言葉をお借りするなら、「事故やトラブルを隠そうとする事業者や国の体質だ。原子力の高度な専門知識と豊富な情報を有している彼らは、トラブルがあると「これぐらいは大丈夫」「公にすると過剰な騒ぎを招く」などと考えるようだ」ということらしい。
事故やトラブルを隠そうなどと思ったことはない。つらつら思い起こしてみると、中央制御室に異常を知らせる情報が表示されたり、時には警報が鳴ったりすると、自動または手動で原子炉を停止させる。その時点で規制当局の指導を仰ぐのだが、「原因と対策がないうちは発表まかりならぬ」と命令されたり、マスコミ発表が許されても、今度は記者諸氏から「その原因は何ですか?どういう対策を考えているのですか?」といった質問が矢継ぎ早に発せられる。
原子炉が停止した直後では、トラブルの箇所さえ不明の場合が多いのに、ましてやその原因や対策など分かろうはずがない。数日間かけて温度が下がるのを待って、中に入って調査が始まり、徐々に判明してくる。それぞれの段階で事象のみたんたんとした説明でご満足いただけるなら、時事刻々と説明もしよう。
ところが原子力関係施設で起こった事象は、事の大小は別にしてマスコミで大きく取り上げられてきた。有名税といってしまえばそれまでだが、なかなか真実を伝えてもらえないもどかしさもあった。
また、こと原子力関係の報道で専門家のコメントは往々にして反対派の学者と称する人が多く、規制当局などのコメントはなかなか出てこない。その原因は、原子力委員や原子力安全委員などが公の場で自由に意見を述べることを制約しているともいわれているが、「そういう専門家の意見はまともすぎて面白くない」とマスコミからお呼びがかからないから、というのが最大の原因のようだ。