原子力にはとりわけ厳しい批判報道が横行している中、まだまだ運転継続が可能な原発を早めに閉鎖したニュースの報道となると、同情心が働くのか、極めて正確な状況報道が見られて面はゆい思いを禁じ得ない。

 スウェーデンのシドクラフト社という電力会社が保有するバーセベック原子力発電所1号機(BWR、出力62万kW、1975年運転開始)は、今年(1999年)の11月30日をもって運転を停止した。わずか24年間の運転であるから、30年から50年に引き延ばして運転させようという「高経年化」を目指す日本の原発と比べ、あまりにも短い一生であった。

 さて、スウェーデンのお家事情などは後で紹介するとして、ここは一つ、実にコンパクトで、正確かつ分かりやすく書いてくれている12月11日付け日本経済新聞の社説と、同日付け朝日新聞の夕刊の報道から、特記すべき”同感”できる部分を抜き出してみよう。

 それにしても、閉鎖されたのが11月30日で、これらの報道が12月11日ということは、迅速な報道を旨としているわが国の報道機関として、11日間の遅れは何を意味しているのだろうか。原子力に同情的な記事を書くことへの戸惑いがあったのだろうか。

[日本経済新聞<社説>1999年12月11日]

> しかし、本当に2010年までにすべての原発を廃止できるかというと多
>くの疑問が残る。
 No question! である。つまり、スウェーデンの総発電の45%をまかなってきた原子力を、何の有効な手だても見つけず、闇雲に閉鎖するなら、それは自殺行為である、といいたい。

>自然エネルギーだけで現在の原発に相当する電力を得ることは不可能に近い。
 「不可能に近い」のではなく、「まったく不可能」なのである。報道機関も含め、専門家は、はっきり断定して発言しないと、非専門家の一般読者に戸惑いを与えるだけだ。それに「不可能に近い」などといった表現では、あまりにも無責任である。

>原発を廃止して化石燃料を使えば二酸化炭素の発生量は確実に増える。
 この「確実に増える」という表現こそ正確で、責任ある報道機関の正しい姿勢である。

>原発に代わる発電施設を造ればその分のコストがかかる。
 これから建設にかかろうという原発を取り止めようというならまだしも、すでに運転を続けてきて、まだ充分に発電を続けられる原発を閉鎖しても、何の得にもならない。壊れてもいない玩具に飽きた子供にせがまれ、その玩具を無理に壊して廃棄し、新しい玩具を買い与える甘い親の行為に似ている。

> 多分、よほどの技術革新でも起こらない限り、予定通り全廃することは無
>理であろう。
 よほどの技術革新が起こっても、今後10年で11機の原発を全廃することは、”絶対”無理である。発電システムが実用化されるには、研究炉、実証炉、実用炉と、スケールアップを図りながら、安全性や信頼性を一歩一歩確認して行くのである。それにはいくらなんでも、明日、技術革新の新しいコンセプトが発見されたとしても、それから10年は短すぎる。

>今回の廃止は、特殊な状況下での政治的パフォーマンスと見ることができる。
 その通りなのである。反対ののろしを上げ、国民投票までして決めた原発廃止政策のこぶしの降ろし所が、20年近く経っても見つからず、とりあえず1基だけでもと、閉鎖させたのである。

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