<ウェーブ=時評> 風力発電の得失 月尾 嘉男
(その2)
これらはカリフォルニアのアルタモントにある、約140平方キロメー トルの丘陵地帯に約8千基の風車が林立しているウィンドファームと比較 すれば、巨人と子供ほどの差異であるが、日本では目新しい風景である。 実際、自然エネルギーを後押しする環境問題の影響もあり、90年代初頭 には全国で1千キロワット程度であった風力発電能力は、この十年間で3 百倍以上に増大しており、そのような風景の背景となっている。 |
我が国の風力発電能力がこの10年で300倍に増大したとはいえ、その発電容量は高々30万キロワットである。原子力発電1基の発電容量が120万キロワットが当たり前の今日、風車が何基回り、どの程度の敷地を占拠しているか不明だが、月尾先生もびっくりされた数の風車が日本全国至る所でフル回転しても、その総発電能力は原発1基分の4分の1ということになる。
地球温暖化の面からは、原子力も風力も二酸化炭素ガスを排出しない面では同じで、放射性廃棄物を排出しない風力がやや有利かと思うが、敷地の専有面積からは原子力の方が断然有利ということになる。すなわち、自然景観を損なうのは風力ということだ。
このような急激な増加は風力発電が社会から期待されている証拠である が、問題が皆無というわけではない。第一は発電価格の問題である。現在、 風力発電には補助がなされているが、それでも順調にいって初期投資を買 電費用で回収できるのは十年以上の年月を必要とする。もちろん今後の原 油の価格上昇を想定すれば、より短期の年月での回収も期待できるが、現 状では、それほど有利な発電技術ではない。 |
「風力発電が社会から期待されている証拠」として急激な増加が見られるのは確かだろうが、何故そのように「社会から期待」されるのだろうか?
原発は、多重防護の名目で、原子力発電の心臓部分、すなわち核分裂連鎖反応を起こしている原子炉の炉心は何重もの壁で覆われていて、何ぴとも見ることができない。つまり厚いヴェールに包まざるを得ないのである。
一方、風力の場合は、風の力で風車を回転させ、その回転力で発電機を回して電気を起こす、というシステムは単純明快で、理解され易いところから期待が寄せられるのだろう。
しかし、国のエネルギー政策により、選ばれる発電システムは、人気投票で決められてしかるべきものでは決してない。専門家集団によってあらゆる面から検討を重ね、その開発のプライオリティや各エネルギー源の分担が決まるのである。
こう見てくると、月尾先生が明言されているように、風力は、「現状では、それほど有利な発電技術ではない」のである。
一般国民は、決して見た目で判断してはならないし、専門家達は、国民から信頼される努力を日夜、怠ってはならないのである。
第二は環境問題である。風力発電は地球規模の環境問題への対策として は評価されるものであるが、地域単位の環境問題では問題がある。岩手の 三陸海岸の断崖の上部に計画されていた風力発震は地元の人々の反対で結 局中止になった。理由は自然景観の破壊と、一帯がイヌワシの棲息地帯で あることである。幌延の施設もオオワシについて同様の問題が懸念され、 約1億円の環境アセスメントを実施して、なんとか実現した経緯がある。 |
実際、幌延から稚内までのサロベツ原野は、夏季には多種多様な草花が 百花繚乱となる場所であり、冬季には、風車に相応しい強烈な西風の効果 もあり、これ以上に荒涼とした風景は国内には存在しないというほどの自 然である。そこに環境問題の解決に貢献するという名目で人工施設が建設 されるのは矛盾している。しかも、はるか彼方からも目立つ鉄柱は広大な 原生の自然の景観を一気に破壊しかねない。 |
風車を建ててもそこの景観を損ねることはない、という場所があれば、少しは経済性が悪くとも、風力発電の建設は大いに進めるべきだ、とわれわれも思っている。
しかし、そういう所は、国土は狭いが風光明媚な日本列島に残っているだろうか。
原子力発電所の適地探しに苦労してきたように、風力発電の建設場所を安易に決めることはしてはならないだろう。
生物の社会だけではなく、人間の社会も多種多様な要素が複雑に影響し あう構造で構成されている。ほとんどの場合、ある問題の解決のための手 段は別種の問題の原因になっている。この国道232号を通行すると、道 路の右側と左側が、そのような問題の存在を象徴するような景観を提供し てくれるのである。 |
「G研」代表