「読売新聞」(2002年9月23日)

<編集委員が読む>−−−−−−−−−−−−−−−−新井 光雄

  [悲しき原子力]

        積んでは崩れる「信頼」回復イバラの道

<その1>


 今さら同情されたくない、と強がってはいたが、こういうコラムを書いていただくと、心底から嬉しくなる。我々自身、こういった内情を幾度となくマスコミの方々に発してきたが、「売れるか売れないかで判断して文字を起こすかどうか決定するのです。我々もビジネスで動いていますので・・・」という返事で、ついぞ日の目を見るに到らなかった。

 ところが、原子力界がこうも叩かれると、今まで暖めてきた情報をもとに、同情のコラムを書いて下さるジャーナリストもいらっしゃるものだと、うれしさがこみ上げてくる。

 「人が犬に咬まれたではニュースになりませんが、人が犬を咬んだらニュースになります」と、親しくしてきた記者さんから言われたことがある。発電所の近くでかなり大きな地震があったにも係わらず、正常に運転を続けていたことが判明したとき、原子力発電所の耐震設計について、特集記事を書いてもらいたいと依頼したときの応えがこれであった。

 首都圏の普段の電気の4割は原子力からだが、正月三が日の電気は、その9割方は原子力と考えていただいていい。そこで、毎年、大晦日に放映される「ゆく年、くる年」という番組で、その時間でも安全・安定運転を心がけ、国民のほとんどが「紅白歌合戦」や除夜の鐘を聞いているときでも、寝ずの番をしている原子力発電所の運転員の様子を全国の人たちに紹介してほしい、とお願いしたときも、「考えておきます」という応えをもらってから、かれこれ十数年が経過したように思う。

 今回の読売新聞編集委員・新井氏のコラムは、ようやく原子力界の内情を紹介してもらったことで、感慨ひとしおといったところだ。これが遅きに失したものにならなければいいが、と思っている。

 コラムの内容に関して、いまさら我々のコメントは不要だろうから、次頁に一気に転載しておく。是非ご一読いただきたい。

             (次につづく)