合羽橋付近から見た穂高連峰。北アルプスの南部に連なり、東に梓川、西に蒲田川の清流を望む。わが国第3位の高峰、奥穂高を中心に北穂高岳、吊尾根で結ばれる南東の前穂高岳、南西の西穂高からなり、総称して単に穂高岳とも呼ばれる。

 

 合羽橋の上流、明神岳の麓の林の中に明神池がある。池の前に立つ穂高神社奥宮の神池で、神降池(かみこうち)ということから上高地の地名がつけられたという。毎年10月8日、竜頭鶴首の2艘の船を浮かべて明神池を一周、船上で平安時代の装束を着て平安無事を祈る御船神事が催される。池は3つにくびれ、上高地の湖沼では最も澄み、イワナが多く生息している。

 写真上は一の池を4葉の写真から合成したもの。左の写真は二の池。

神社の前には穂高の名案内人だった上条嘉門次の建てた小屋と嘉門次のレリーフがある。

(写真左) 大正4(1915)年、焼岳(やけだけ)の大爆発で霞沢岳から流れる千丈沢の水がせきとめられてできた池。正面に見える六百山や霞沢岳などからくる砂礫層を通って湧き出てくる伏流水により、付近一帯は湿原となっている。

(写真右)大正池は、その名が示すように大正4年の焼岳の大噴火の際に生じた火山泥流が梓川をせき止めてつくられた池。昭和の初期以来発電用の貯水池として利用されているが、焼岳の斜面や梓川の上流から流れ込む土砂によって次第に埋もれつつある。とくに昭和54年8月の台風がもたらした集中豪雨で焼岳から大量の土や石が押し出され、その結果、大正池の様相は一変、一部を残して河原となってしまった。その後の浚渫作業で池の状態は保たれているものの、面積は当初の4分の1になってしまった。

可憐に咲く花たち=左は二輪草、右はわすれな草。