原子力界の最大の課題・関心事は、新潟県中越沖地震で耐震性に あるように世間は見ているようだが、原子力の専門家の間では、同 地震の前も後も変わらず、高レベル放射性廃棄物の最終処分場にあ るようだ。
去る6月18日付け読売新聞経済欄に「核のゴミ最終処分場、候 補地選定妙案なし」と題する記事が出た。それを受けて当編集局も 関連取材を進めていたのだが、7月16日の地震から処分場問題は 頓挫(とんざ)していたのである。
小泉政権からの大改革で地方の財政は疲弊していると言われる。 しかし、だからといって「札束でほおを張るようなやり方」では、 処分場候補地募集に名乗りを上げる自治体は皆無だろう(読売)。
原子力発電所の誘致においても、地元自治体の地域開発と電源開 発との共存共栄策として、電源立地交付金制度が考案・利用され、 それなりに成果を上げてきたことも確かである。しかし、それは、 危険なもの、やっかいなものを地方に押しつける代償として交付金 などが支払われてきたわけでは決してない。
ところが、原子力の真実を把握していない世間は、やはりそうは 見てくれない。ましてや、放射能のとてつもなく高い「核のゴミ」 と命名された高レベル放射性廃棄物の最終処分場であり、いままで どこも受け入れてくれたことのない施設であるから、「厄介物でも 危険なものでもありませんが、地元が潤うに十分な交付金が入りま す」といわれても、なかなか信じられないだろう。
では、本当に「妙案なし」と諦めざるを得ないのだろうか。答は、 もちろん「ノー」である。我々は、廃棄物の最終処分場こそ、大都 市につくるべきだ、と提案したい。
原発と処分場を工学的に比較した場合、安全確保の難易度は前者 の方がはるかに高い。だからといって「東京に原発」は不可能では ないが、地域開発との共存共栄策を図るためには、何も開発が進ん だ大都市に原発を立地する必要はないと考えられてきた。
しかし、本来なら電力の大消費地である大都市にこそ原発が必要 なのだ。それを大都市から離れた地方にもっていき、そこから大容 量の送電線で大都市まで運んでいることは承知の通りである。
その発電から生じる廃棄物の処分場は大都市で引き受けようじゃ ないか。飛行場の地下、公園の地下など、大都市にも処分場の適地 はいくらでもある。
それには、地上部分の施設を極力縮小した都市型処分場の概念設 計が待たれる。また、大都市には地域開発のための交付金は、地方 ほど必要としないだろうから、新規原発のために辞退してもよいで はないか。
「かえるの声」第315号(2007年10月1日)