最近、原子力関係者に会って話しても、一様に元気がないように見受けられる。
最先端をいっているはずの高速増殖原型炉「もんじゅ」がナトリウム漏れの事故を起こしたからなのだろうか。それとも、新潟県巻町で、わが国最初に行われた原発建設を巡る住民投票で大敗を帰したからなのだろうか。これらいずれの原因にしろ、原子力屋がしょげかえる必要はまったくない。
一次、二次と2回にわたるオイルショックで、原子力屋の頑張りがなければ、日本のエネルギー事情は壊滅状態に陥っていた。ひいては国の経済も壊滅状態で、その後のバブル景気もなかった。これからだって、原子力屋にまだまだ頑張ってもらわなければならない厳しいエネルギー事情が待ち受けている。
中東への依存度が下がらない石油は、火種を抱えた中東を中心とするOPEC(石油輸出国機構)が第3次オイルショックを引き起こす可能性を依然秘めている。また、輸送、消費、転換のいずれをとっても、石油ほど便利で貴重な資源はない。技術力の低い開発途上国は競ってまず石油を中心とした国のエネルギー戦略を採るであろう。石油の需要はますます急増する。
石炭は輸送と環境汚染の問題があり、新エネルギーは経済的にはまだまだ商業ベースには乗らない。強いていうなら、天然ガスと原子力で21世紀の半ば頃まではつないで行かなければならないようだ。
だが、こういった原子力の重要性は、原子力屋に限らずエネルギーの専門家なら百も承知であろう。では、それでもなぜ元気がないのであろう。どうも、情報の公開要求と各界からの質問責めにうんざりしているからだ。
情報は以前と比較にならないくらい高いレベルまで公開されている。にもかかわらず同じような質問が連日浴びせかけられている。
原子力情報など一般国民は欲していない。でも公開は重要、というところに問題の本質が隠されているように思える。