師走に入った12月5日、中部、北陸、関西の電力3社の社長がそろって石川県は能登半島の先端に位置する珠洲市を訪れていた。忘年会を兼ねた温泉旅行ではなく、同市の市長に会って、3社が計画していた珠洲原子力発電所の建設計画を凍結する旨の説明をして、了解を取るためだったのである。
珠洲市が原子力発電所の誘致を決め、3電力が共同で計画を進めることにしたのは、今から遡ること28年前だったという。以後、地元住民、中でも地権者や漁協関係者などとの話し合いを進めてきたが、聞く耳を持たない反対者が予想を超えて多く、可能性調査すら実施できなかったそうだ。
芽が出なかった電力3社の苦節28年は、我々に何を物語っているのだろうか。
珠洲市の市議会は、同市の発展のため原子力との共存共栄策を企図して、何度も誘致決議をしたのだろう。市長も何人交代したかは知らないが、選挙や日常を通じて市民に呼びかけもしたのであろう。それでも地元住民の反対勢力が強く、用地買収はおろか、可能性調査すらできなかったのである。
通商産業省から経済産業省に名称が変わった担当行政府も、1993年、珠洲原子力発電を国の要対策重要電源に指定して、全面的にバックアップしようとした。
地元自治体、電力3社、そして国の3者が一致団結して28年間もの長きにわたって説得を続け、地元住民の合意を得ようとしたが、「断念に近い凍結」という結論に至った。
これが民主主義というものだろうか。いま流行のポピュリズム(大衆迎合主義)に関係者が陥り、強いリーダーシップを発揮することができなかった結果に思えてならない。
地方分権が進むなか、原子力という国の大型プロジェクトとはいえ、地元住民の主張は軽視できない状況になりつつある。
その上、電力自由化が進められるなかで、コスト削減を迫られている経営環境下、初期投資の大きい原子力発電の建設計画は、いくらそれが国策のエネルギー計画とはいえ、また、地球温暖化の元凶である二酸化炭素を出さない発電システムだとはいえ、原子力発電所の新規立地を開拓することはますます難しくなるだろう。
しかし、時代の流れにこのまま押し流されているわけにはいかない。グローバル(全地球的)でロングレンジ(長期展望)に取り組まなければならないとされている国のエネルギー政策に携わっている方々は、目先の厚い壁を避けることなく、自己のおかれた重責を再確認しながら、原子力推進に取り組んでもらいたい。「冬来たりなば、春遠からじ」である。