電力業界が、経済産業省の審議会で、家庭用を含む電力の「全面自由化」を受け入れる考えを表明した、というニュースがとうとう流れた。戦後、松永安左エ門らによって築かれた9電力体制の幕切れなのだろうか。自由経済の枠組みの中で、顧客(地域)を独占してビジネスを展開することは、いくら公益事業といえども、やはり限界があるのだろう。
しかし、電力という国の基幹産業の自由化が、われわれ消費者にとって果たしてどのようなメリットがあるのか、リスクはないのか、と考えておかなければならないだろう。
自由競争によって電気料金は安くなるというが、果たして本当だろうか。本当ならそれはどれくらい期待できるのだろうか。また、いくら安くなってもしょっちゅう停電ばかりするようでは、困ることになる。
現行の9電力体制では、僻地や離島など、経費が何倍もかかる地域でも、それぞれの電力管内の料金は平均して請求されるから、べらぼうに高い地域が出ることはない。しかし、自由化になれば、原価割れまでして売ってくれる事業者がなくなるかも知れないのだ。
そもそも日本の電力も自由化して料金を下げてもらいたいと言い出したのは、製造業の経営者で、中でも輸出に頼っている割合が高い企業の経営者だそうだ。彼らの輸出製品の原価に占めるエネルギーコストをはじいたとき、日本で作るのと海外の工場で作るのとの差が明確に出るというのである。こういった輸出製品の原価計算では、為替レートによる単純計算で比較しているのだろうが、これとてそれほど差があるとは思えない。
例えば、家庭用をモデルに今年の1月の為替レートを使って比較した数値がある。主要国の大都市で比較すると、東京の電気代を100として、それより安いのは北海油田を持つロンドンと原子力発電でほとんどを賄っているパリの共に65、ドイツのエッセンが88、と多少安いが、ニューヨークは東京よりむしろ高く117と出ている。
電気のような公共料金を主要国間で比較する場合、日々変動する為替レートで単純計算しただけでは、正しく評価できないのではないだろうか。各国の物価水準や所得水準を反映した指標、すなわち「購買力平価」や一時間あたりの賃金などで比較して総合的に評価することが重要だろう。
購買力で比較した場合、東京の電気より安いのはやはりロンドンとパリで、その差は縮まっている。一時間あたりの賃金で買える電気の量で比較した場合に至っては、東京より安いのはロンドンだけという数値が出る。
これでも日本の電気は高いのだろうか?