「エネルギーと人類の将来−−われわれは何を求められているか」をテーマに10月8日から6日間の日程で、世界エネルギー会議 (WEC)第16回東京大会が千葉の幕張メッセで開かれた。大会は13日、全プログラムを無事消化し、盛会の内に閉幕した。
この会議は70年もの長い歴史を持っているが、今回の大会前まで日本国内ではあまり知られていなかった。というのも、3年毎に 開かれる大会で、東アジア地域で開催されたのは、今度の東京大会がはじめてだからかもしれない。
それにしても、70年を超す大会の歴史の中で、初めて東アジア地域で開かれると同時に、戦後50年の節目に当たる重要な年に、 東京で開催されたというのに、大会期間中のマスコミの取り上げ方は惨憺たるものであった。
確かに、今年のわが国は、阪神・淡路大震災に始まり、オウム真理教という戦後最悪の大事件とまでいわれる宗教法人の異常な組織的 犯罪、おまけに与党である自民党総裁選、社会党の新党構想と政治の世界が異常を呈すれば、官僚も地方自治体などとのいわゆる官官 接待が露呈するに及んでしまった。これではマスコミでなくても、エネルギー問題などよきに計らえ、というところかも知れない。
異常な社会的事件が相次ぐ中にあっては、1概にはマスコミばかりを責める訳にはいかないとは思う。しかし、この大会は、過去、 現在、そして将来におけるエネルギー政策の役割や方向性を探る意義ある大会と位置づけられ、その重要性を認識した人々が国の内外 から5000人以上も集まったのであるから、もう少し紙面やニュース時間をさいて報道すべきではなかったのか。
マスコミは、民間の営利企業であるから、読者や視聴者の興味をキャッチし、その要求に応えながら利潤の追求をしていくものであ ろう。しかし、電力会社などと同じような公益法人の色彩を忘れた経営方針であっては、そのマスコミはいずれ葬り去られるに違いな い。
マスメディア(大衆媒体)を自称するマスコミは、公明正大な報道によって、国民の意識、知識、思想的傾向まで左右するほどの社会 的責任を負わされていることを、常に念頭においておかなければならないはずである。
では、なぜ世界エネルギー会議の大会の報道が重要かというと、民主主義国家においては特に、国民1人ひとりがエネルギー問題を 自分達の問題として捉え、全地球的規模で問題解決に当たらなければならないからである。今度の世界エネルギー会議の東京大会は、 日本国民に与えられた絶好のこのチャンスだったのである。その会議の内容を一般国民に十分知らされなかったため、そのチャンスを 十分に活かすことができなかった。非常に残念である。
エネルギー問題は、原子力の是非論争や原発予定地の住民世論、あるいは原発の些細な故障などがすべてではないはずだ。国民大衆が エネルギー問題の本質を正しく直視できるよう、色々な情報をもう少し提供してもらいたい。それが、マスコミが社会に果たすべき責務 の、少なくとも1つであるはずである。