政治を動かすのもエネルギー

安定確保には戦争か、平和か


 エネルギー、特に石油をめぐって、たえず世界の政局はゆれ動く。ソ連圏の危機、中東湾岸の戦争も、原因をたどっていくと、石油というエネルギーに帰着する。戦争か平和かのカギをにぎるものはエネルギーなのである。

 湾岸戦争を引きおこしたイラクは産油国なのだが、引きわけに終わったイラン・イラク戦争で多額の出費と借金を重ねた。ただでさえ苦しいのに、フセイン大統領はアラブの覇権をにぎろうとして軍備拡大を図り、世界中からミサイルなど新鋭兵器を買いあさった。代金を払うのに原油を売るしかない。しかも高く売りたい。それで値上げをしようとすると隣のクウェートが増産するものだから、上げられない。クウェート憎しの気持ちが高まった。これがクウェート侵攻の直接の原因である。

 東欧が社会主義経済から市場経済への転換にふみ切ることになったのも石油が大きく関係している。欧州社会主義国を経済的に結びつけたコメコン(経済相互援助会議)の仕組みは、ソ連が石油、天然ガスのエネルギーを供給し、それと見返りに東欧の農工産品を受けるというもの。

 ソ連は、石油を東欧やキューバ、北朝鮮に国際価格より安く売ることで、これらの国に恩を売り、ソ連側につなぎ止めてきた。もしソ連にそむけば石油供給を止められてしまい、国民生活が破綻してしまう。現にソ連は連邦政府にそむいて独立しようとしたリトアニア共和国に対して石油、天然ガスの供給を一時ストップしておどかしたことがある。

 しかし、ソ連自体も経済がおかしくなり、ドルなどの外貨がほしくなった。社会主義国に石油を安く売るより、国際価格で高く売りたい。そうなるとソ連に頼っていた各国は自分で、高い価格でエネルギーを買わなくてはならない。自分で石油購入資金をかせがなくてはならない。そのため西側に売れる商品をつくる必要がある。社会主義国の市場経済への移行が必要になるとともに、ソ連帝国が崩壊の危機にさらされているのは、ソ連のエネルギー供給体制が崩れかけていることに大きな原因がある。

 日本が無謀な太平洋戦争に突入した直接のきっかけは、アメリカが昭和16年(1941年)8月に対日石油輸出完全停止を実施したことである。石油が入らないと軍艦も飛行機も動かない。つまり戦争ができない。まだ石油備蓄のある今のうちに戦争をやるしかないという軍部のあせりで、同年12月8日に真珠湾攻撃をやってしまったのだ。

 いま、日本は金持ちになり、エネルギーが高くなってもどんどん買える。港にはひっきりなしにタンカー、LNG(液化天然ガス)専用船が出入りする。

 しかし、まさかに備えて原子力でも石炭でも使える用意をしておく必要がある。「備えあれば憂いなし」である。

                                           (大谷 健)