ローマ・クラブが1972年に『成長の限界』という提言を発表し、地球資源の有限性を警告した。その翌年、1973年秋に、第一次石油危機が発生、石油不足に直面して、しみじみ資源の有限性を実感したものである。
だが、「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」のたとえ通り、湾岸戦争がおこっても平気な顔でエネルギーを使いまくっている。
さて、エネルギー資源はこの地球にどれくらいあるのか。資源エネルギー庁が毎年発表する『世界のエネルギー資源埋蔵量』によると、究極埋蔵量は石油が2兆バレル、天然ガス204兆立方メートル、石炭8.4兆トン(うち高品位炭5.5兆トン)、ウランは不詳とある。
このうち1989年末の確認可採埋蔵量は石油が1兆16億バレル、天然ガス113兆立方メートル、石炭1兆3113億トン(うち高品位炭1兆755億トン)、ウランは230万トンである。
これを年当たりの生産量で割ると、あと何年もつかがわかる。石油はあと46年、天然ガス56年、高品位石炭328年、ウラン(共産圏を除く)63年である。人間にとってもっとも使いやすい石油の寿命は50年を切るのに、石炭はまだまだもつということになる。
しかも石油は、中東地区に偏在しているのに、石炭は世界各地に散らばっている。石炭は二酸化炭素を排出するし、燃やした後の灰の処理も大変だが、石油資源を使いつくした後の主要なエネルギー源として見直さざるをえない状況にある。
ただし、確認可採埋蔵量なるものは、地質調査技術、抽出技術、新しい辺境地域の探査等でふえることがある。また石油危機による原油価格の暴騰で北海油田の採掘が採算に乗ったように、価格が上がれば、いつのまにか産油量がふえてくるものである。
だから、OPEC(石油輸出国機構)、とくにサウジアラビアは、原油価格を急激に高くすると、OPEC以外の石油や原子力、その他の代替エネルギーの活躍を許し、OPECの原油が売れなくなる、と値上げには慎重である。
楽観派は探査技術と価格メカニズムを信頼して、石油の寿命はまだまだ続くとしているが、本当はどうだろうか。
日本はほとんど資源がない。ただ人間とセメント原料の石灰石だけが豊富といわれていたが、その人間も子供を生まなくなってやがて減少に転じてくる。外国人労働者もいつの間にか入り込んできた。「経済大国」はまさしく「資源小国」である。何か事があれば、「油断」が生じ、また石油ショックのようにあわてふためくことにならないか。
また最近は資源不足問題よりも、地球の資源を浪費することは、結局地球の環境を痛めることにならないか、という問題提起が行われている。金さえあれば何でも手にはいるという考え方は、反省を迫られている。環境を守りながら大事に資源を使っていこうというわけだ。
(大谷 健)